眠れない夜を過ごした。なにをどうやっても昨日のことが頭をよぎり、なにもかもが上手く出来ない。食欲はなく、母親に心配されながらも朝食を抜いてしまった。制服に腕を通すだけで緊張する。駅で電車を降りるのも、校門を潜るのも、昇降口を入るのだって緊張する。教室になんて、行ける訳がない。どうしても昇降口に入ることが出来ず、うろうろとグラウンドの運動部の朝練を何とはなしに見学してしまったくらいだ。

勿論その運動部の中にはラグビー部もいて、優斗が校舎とグラウンドの間でうろうろしていた沙耶を見つけて声をかけてくれた。

「沙耶、おはよう。もうすぐ終わるから、一緒に教室に行こう?」

曇天の空の下、朝の日差しみたいに優斗が笑う。咄嗟に、優斗にはこんな心中を明かせない、と思って、大丈夫、先に行ってる、と手を振ってしまった。

そろそろ登校のピークだ。次から次へと生徒が昇降口に吸い込まれていく。やっぱり沙耶は入り口を前にして緊張してしまった。

…昨日、あそこで先生にあんな場面を見られたばかりか、………。

うわ、と思う。もう今きっと顔が真っ赤だ。どうやって教室へ入ったらいいのだろう。どんどん通り過ぎる生徒たちに訝られないように、沙耶はぱん、と自分の両頬を叩いた。その時。

「おっはよー、沙耶。なに気合入れてんの?」

元気よく背後からかかった声に飛び上がりそうになる。ぱっと振り向くと、そこには今登校してきたばかりの芽衣が居た。

「なになにー? なにかあるの?」

「……芽衣ちゃん…」

朗らかな芽衣の顔を見て、一瞬強張っていた体の力が抜ける。沙耶は気付かないうちに、ほ…、と息をついていて、それを見た芽衣は、ん? と思った。

「どーかした? なんか、…あった?」

芽衣に問われてどきっとする。彼女は意外にこういうとき、鋭い。沙耶が咄嗟に返事が出来ないでいると、芽衣は何か察したように、ぐいと沙耶の腕を掴んだ。

「め、芽衣ちゃん?」

「ごめん、沙耶。ちょっとだけ付き合ってよ」

驚いた沙耶は、芽衣に引き摺られる形で昇降口を入る。そのまま、南の校舎じゃなく、北の特別教室を集めた校舎へと引っ張っていかれた。