翌日、沙耶は定刻どおりに登校した。特に大げさに休むような病気でもないし、かえって早くに就寝したので、いつもよりもたくさん寝たくらいだ。だから今朝はぱっちりと目が覚めた。

ざわめいた教室にチャイムが響いて、崎谷先生が教室に入ってくる。ドアを後ろ手に閉めようとしたときに、沙耶と目が合った、…様な気がする。少し、先生の目が見開かれたように思った。

…心配、してもらったのかな。

そりゃあ担任だし、少しは気にするだろう。もしかして今日は休むと思っていたのかもしれない。もう大丈夫ですよ、というつもりで、少し合図みたいに頭を下げてみると、眼鏡の奥の瞳がぱちりとして、それから柔和に微笑ってくれたように見えた。

…なんだか、秘密の会話みたい。

先生は間違いなく受け持ちの生徒を気にしてくれているだけだろうけど、それでも沙耶の心の内があたたかくなるのは止められない。怖いと思っていた崖の下の海の底の水は、こんなにも甘くてあたたかくて、そしてやさしい。誰にも知られないのだったら、一人でここにたゆたっているのも悪くないと思う。勿論、優斗にだって内緒だ。

「はい、注目。最近学校近辺で痴漢が出ているという話があった。特に女子は、部活なんかもあると思うけど、帰り道には注意すること。男子も、怪しい人物を見かけたら、近所の大人か警察、学校が近ければ職員室に届けてくれ」

先生の話に、女子がざわつく。中には不安そうな顔で隣の席と話をする子もいた。

「傘を持っているから、両手がふさがって被害にあいやすい。十分注意するように。以上」

先生は連絡事項を終えると、号令に合わせて教室を出て行った。さわさわと話し声が教室に残る。一限目の授業が始まるまでの短い時間に、沙耶は優斗の席へ近づいた。