「大丈夫か?」

車がアスファルトを蹴る振動に揺られながらシートに身を埋めていると、窓から学校が見えなくなった頃に、先生が口を開いた。狭いシートに先生と座っていることに、胸の奥の方がじんわりする。

「大丈夫です。ちょっと、だるいけど」

「…凭れるか? 肩くらいなら、貸せるぞ?」

少しひっそりとした、様子を覗うような声。こんなこと、クラスの女子に知られたら、どんな風に言われるんだろう。でも、体も重いし、なによりもその密やかな感じに、甘えたくなってしまった。先生は、受け持ちの生徒が体調を崩したから、心配してやさしくしてくれているのだ。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

言って、ほんの少しだけ制服の肩を、スーツの肩に触れさせる。体を預けてしまうようなことはしなかったけど、それでも沙耶は胸が痺れるような気持ちになった。

―――足元には、深い海。飲み込まれそう。堕ちていきそう。

静かな車内の空気の密度が増す。振動で揺れる肩の、ほんの先が熱を持ちそうだった。

交差点で右折信号が出る。車が矢印に従って右折したときに、不意に頭を抱えられた。

「………っ」

「凭れて、いいから」

教室で聞くより、低い声。鼓膜の奥まで届いてくる。

動悸が早くなる。心臓が絞られるようにきゅうっとなった。思わず、ぎゅっと目を閉じて、感覚をやり過ごす。そうしないと、何か変なことを言ってしまいそうだった。

ずっと、この空気の中にたゆたっていたい。やさしくて甘い、深い深い海の底。
沙耶はかなわぬ願いを想いながら、車に揺られていた。