「それは駄目じゃない? 崎谷先生。担任でしょ?」

苦笑して言う崎谷先生に、沢渡先生が言った。沙耶もそう思う。体もだるくて、気持ちも少し心細くなっている。横尾先生では嫌だ、と思った。先生が…、崎谷先生が、いい。

そう思ったけど、そんなこと口に出して言ってもいいものかどうか分からなかったので(だって、小学生じゃあるまいし)、言わずにいた。でも、一生懸命に崎谷先生の事を見てしまったような気がする。…崎谷先生が、困ったように苦笑した。

「…そんな顔、すんなって」

「……え…」

口元を少し拳で隠して、でも目元も口端も、なんというか小さな笑みを浮かべている。沙耶の語彙で言うと「参ったなあ」が一番ぴったり来るのだけど、なにが「参ったなあ」なのかは分からない。だから、正確には違うかもしれない。

あ、もしかして、子供みたいな心細さが伝わってしまったのかな。

ちょっと恥ずかしく思っていると、崎谷先生がやっとキャビネットの前から離れて、ベッドへと歩み寄ってきてくれた。ベッドに座ったままの沙耶の前髪をちょっと掻き分けて、そして正面から沙耶の目を覗き込んでくる。

うわ、と思った。

多分、先刻の傘の中と同じくらいに近い。でも、今度は怖くなかった。眼鏡越しに、やさしい瞳が沙耶のことを映している。保健室で空調が効いているから、先刻感じた崎谷先生のにおいも、消毒用のアルコールに消されてしまっていた。

「うん。目はしっかりしてるな。立てるか?」

「あ、はい、平気です」

「…じゃあ、鞄持って正面玄関においで。俺は横尾先生に話してくるから」

やさしく言ってくれて、そして崎谷先生は沢渡先生に挨拶をして保健室を出て行った。沢渡先生はそれをはいはい、と見送って、それから鞄を持った沙耶のところへ来た。