(あれっ。崎谷先生)

よく見ると、先生は傘も差さずに半袖のシャツのまま、左手には大きなビニール袋を持ってうろうろとしながら学校回りの道を歩いている。もしかして、この前のようにゴミ拾いなんてしていたのだろうか。

…風邪、引いてしまうんじゃないかな。

そんな風に思ったら、思いのほか足が早く動いた。ぱたぱたと階段を駆け下りて、昇降口を飛び出す。慌てるあまり、傘が上手に開かなくて、少し濡れながら傘を広げて、なんとか折り畳み傘の骨を固定してから校門を飛び出た。

学校の敷地を囲うフェンスは緩く道なりにカーブしていて、校門を出てすぐを曲がったところからは崎谷先生の姿は見えなかった。本当に霧のような雨だけど、シャツのまま濡れてしまったら、やっぱり体に良くないだろう。せめてジャージか何か羽織っていれば、風邪を引く心配もぐっと少なくなるのに、なんて思って、崎谷先生って案外大人じゃないなあ、と生徒の分際でそっと笑ってみた。

カーブの途中で、この期に及んでまだうろうろしている崎谷先生を見つけた。先生! と声をかけると、おお、なんて呑気に返されてしまった。

「先生、風邪引きますよ。ゴミ拾いも適当にして職員室に帰ったらどうですか?」

小さいけど仕方ない。沙耶は折り畳み傘を差し出すと、先生の頭の上にかざしてあげると、先生が左手に持っていたゴミ袋を右手に持ち替えた。丁度、雨に濡れたビニールが沙耶の制服に触れそうだった。

「おお、サンキュ」

頭だけでなく体ごと傘の中に入ってきて、先生がお礼を言ってきた。背の高い先生を見上げるようにすると、傘の膜の中に濡れてしまった細い髪の毛が緩やかな筋を描いて流れていた。

思いのほか至近距離で先生を見上げていた。でもこのくらい、ゴールデンウイークの補習の朝に頭を撫でられたときだって傍に居た。だけど、優斗を隣に入れて歩いたときには思わなかったのに、傘の中って結構狭い空間なんだと、途端に今の距離を意識した。

(うわ…、すごく近いわ……)

ちょっと、クラスの女子が騒ぐのも本当に分かる…という気持ちになった。霧雨が先生の肌に落ちていて小さな雫になっている。それが時々滑り落ちる頬から顎のラインが、凄く綺麗なのだ。