昇降口で靴を履き替えていると、降ってきた雨を知らなかった生徒が、入り口のところで「あーあ」という顔をしているのに出くわした。やっぱり、朝の天気予報は見てきたほうがいいと思うけどな、などと心の中で呟いておいて、立ち尽くしている生徒の横で折り畳み傘を広げた。沙耶のは水色、優斗のは濃い緑だ。

少し篭り気味の、ぽん、という音とともに、一瞬水色の膜に視界が遮られる。そのタイミングで、沙耶は隣から「あ」という声を聞いた。少し、驚いているような、そんな声。

「? 優斗?」

「あ、ああ、ごめん、沙耶。ちょっと、待っててもらって良い?」

「? うん」

優斗は、もう一度、ごめん、というと、傘をさしてグラウンドのほうへ走っていった。雨降りで、今日は運動部も休みか室内トレーニングなんだろう。グラウンドには誰も居ないのに、どうしたんだろう? と思っていたら、優斗の走っていく先にピンクの水玉の傘が開いていた。

(…あれ? あの傘、どっかで見たような……)

優斗は、そのピンクの傘の持ち主のところへ駆け寄って、そして少しその場に居た。多分、何かを話していたのだろう。そういうタイミングだった。それも、連絡事項を告げるだけのような、そんな短さ。優斗が振り返ってこちらへ戻ってくるときに、少しピンクの傘の持ち主を振り返って手を上げた。ピンクの傘がぺこんとお辞儀をしたので、その仕草で、なんとなく後輩なんだろうな、という見当がついた。

「ごめん、沙耶」

走って戻ってきた優斗は、もうグラウンドの方を見ない。ピンクの傘の持ち主は、どうやら体育館の方へ行ってしまったようだった。(昇降口の方へ来ないのなら、後はグラウンドから行ける所はそこしかない)

「…良いの?」

詳しく聞きたいわけではなかったけど、あの傘の持ち主と優斗が知り合いだってことは分かる。その知り合いを、見つけておいて話までしたのに、こちらへ戻ってきてよかったのかと、聞いてみた。

「うん。今日は部活ないから」

「…マネージャーさん?」

「ううん。時々、練習見に来るコなんだけど」

「へえ?」

沙耶は話の続きを促したつもりだったけど、優斗は会話をそこで止めてしまった。だったら、立ち入って聞かない方がいいことだろうか。沙耶が迷ってしまったら、隣で優斗の耳が少し赤く染まった。