「先生の意外な一面を知って、ちょっとショックだった?」

言われて、ちょっと呆然とする。…確かに崎谷先生は眼鏡をかけていてもどちらかというと童顔に類する方で、今の今まで煙草を吸うなんてことを、まるで想像させなかったのは事実だ。それもある。確かにある。でも、それがショックというよりは……。

「そりゃ俺だって、一人の大人だからな。生徒が知らない面だって、あると思うぞ?」

崎谷先生が苦笑する。うん、それは分かる。例えば、クラスメイトが母校の同級生に出くわしたときにしている表情が、いつもと違って見えるような、そういうことなんだろう。でも、少し考えれば、それはごく自然なことだって分かる。そうじゃなくて…。そうじゃなくて、……なに?

「ま、そんなことはどうでも良いから、お前らはちゃんと明日に備えて勉強みっちりやってこい。岡本、今度も数学赤点だったら、また補習するからな」

「あ、はい」

崎谷先生は、そう言って会話を切った。そのまま、校門から出て行く沙耶たちを見送ってくれる。角を曲がって学校が見えなくなってから、隣を歩く芽衣が少し苦笑気味に話しかけてきた。

「沙耶。そういう表情、優斗くんの前では見せないほうがいいと思うよ」

なに? と問う前に芽衣が続けた。

「そういう、ちょっと嫉妬したような顔」

合図のように、芽衣が片目を瞑った。何のことか分からなかったけど、その言葉で全てが理由付けできるような気がした。




―――気持ちが、崖の上に立っているような、そんな感じだった。