「…先生、煙草吸われるんですか?」

「ん? いや、学校では吸ってないけど。だいぶ前に、駅で吸ってるところを、永山に見られたな、そういや」

「駅で?」

そんな目に付くところだったら、沙耶も遭遇していてもおかしくないのに、芽衣だけが知っている、ということが、少し頭から離れなかった。

「ああ、違う。家の方の駅だな。なんか、偶然会ったんだったっけ?」

なんだか、まるで悪戯を見つかった子供のように、先生は笑った。でもそれは芽衣と先生の間だけで成立する笑いで、沙耶にはわからなかった。それが、少し残念だ。

「友達ん家に行こうとしたときに、ぐーぜん見ちゃったのよね。先生、慌てて灰皿に消してたけど」

「そりゃ、生徒には見られないほうが良いだろ。一応教師なんだし」

「…そうなんですか……」

何を寂しく思っているというのか。崎谷先生だって大人なんだから、煙草だって吸うだろうし、きっとお酒だって飲むだろう。車だって運転するに違いない。

それでも、今まで知っていた崎谷先生の面影が、そんな大人な行動によって陰って見えるようだった。なんでそんな風に思うんだろう。先生は先生であって、別に何も変わりがないというのに。

職員室で、眼鏡を外した崎谷先生の顔を知ったときとは、反対の気持ちが芽生えた。

「? なんだ、岡本。まさか煙草吸ってみたいとか、言うなよ?」

崎谷先生が、少し体を折って沙耶のことを覗き込んできた。そうされて初めて、沙耶は自分の視線が地面を見つめていることに気がついた。…覗き込まれて、少しぎょっとした。

「え…っ? そんなんじゃ、ないですよ」

「じゃあ、なんなの。急に気落ちして」

「べ、別に……」

「あー、なんだ、沙耶」

崎谷先生と沙耶の会話に、芽衣がにこにこと加わってきた。