終礼後、沙耶は図書室に寄ってから昇降口へと向かった。渡り廊下から見る空が、やけに黒々としているなあと思ったら、グラウンドには雨粒が落ちてきていたようだった。昼間の日差しで焼かれたアスファルトと地面は、雨の水分にその匂いを立ち上らせている。むわっとした空気の中、沙耶は鞄に入れておいた折り畳み傘を取り出した。

クラブハウスの方からは、次々と生徒が走ってきて、そうして校門の方へと走り抜けていく。この雨雲で分からなかったけど、どうやら部活動も終わる時間だったらしい。

昇降口のひさしの中で水色の花柄の傘をぽんと開くと、丁度優斗が雨粒を受けながら走り抜けていくところだった。慌てて彼の名前を呼ぶ。

「優斗!」

「…っと、沙耶」

優斗は、ばたばたと走っていたのをぴったり足を止めて、そうしてグラウンドから昇降口の方へ駆け寄ってきた。

「どうしたの。今帰り?」

「そうなの。ちょっと図書室に行ってたから」

「図書室? なんで?」

「ちょっと復習してたの。今日の分」

そうなのだ。崎谷先生にも優斗にも迷惑をかけないようにと思って、今日の授業の分を復習していたのだ。図書室には同類の生徒も居るし、あそこへ行けば逃げることもないから、一生懸命勉強が出来るんじゃないかと思ったのだ。自宅には、どうしても誘惑が多い。

「頑張るなあ」

「だって、毎回優斗のお世話になる訳にもいかないし」

沙耶が自力で数学をどうにかできるようになったら、崎谷先生にも迷惑が掛からないし、そうなれば、優斗だって余計な勘繰りをしなくても良くなるはずだ。先生と生徒がギスギスした関係になるのは、やっぱりあまり良くないと思うから。

「俺もまあ、出来る方では、ないからなあ」

「うん。だからね」

沙耶は開いていた傘を、半分優斗の方へ傾けた。駅までは一緒だから、入っていけばいい。優斗は、傘の中に入ると、嬉しそうに笑った。