「俺? 何のことだ?」

「とぼけたって、無駄ですから」

「あ、…あの、優斗……」

ただならぬ優斗の様子に、沙耶はその腕をきゅっと引っ張った。優斗が振り向いて列の前に進む。その様子を見ていた先生に、芽衣はぽそっと声を掛けた。

「…敵視されちゃったわね、先生」

「……何のことだか」

先生が肩を少しすぼめて見せて、そして職員室に戻っていく。沙耶はおろおろと隣の優斗と、後ろに歩いていってしまった先生を交互に見ていた。




「ねえ、優斗。先生なんにも悪いことしてないよ?」

「沙耶にはしてないかもしれないけど、他の生徒にとって良いことじゃないよ」

図書室で教科書と問題集を広げながら、優斗が言う。沙耶も倣ってノートと問題集を広げた。問題を確認して、そして沙耶のノートに優斗の視線が来た時に、沙耶は昨日芽衣と話したことを言った。

「先生は、ずっと前から先生やってらっしゃるから、本当に駄目なことはされないと思うの。だから、優斗の思ってること、勘違いだと思うの」

「…勘違いだったら、良いけど」

優斗が言葉を切る。沙耶が自分の言うことが受け入れてもらえたと思って安心すると、優斗が話を続けた。

「だったら、尚更、小テスト頑張らなきゃいけないじゃん? 崎谷先生のこと、煩わせるわけにはいかないんだから」

煩わせる、の言葉に、沙耶は胸がしくりとした。崎谷先生にしても、優斗にしても、自分はなにかと色々煩わせているようだった。

「あ、…うん」

「だから、ここのページから見ていこ。俺もやってきたから、照らし合わせたら、少しは分かるんじゃないかな」

優斗の声は、もうやさしい。そのことだけにでも、沙耶は少し胸を撫で下ろす。崎谷先生のことも優斗のことも好きだから、なるべく二人が先刻みたいに険悪にならないといいと思う。それには、まず、自分がちゃんとしなきゃいけないんだ、と沙耶は思った。