「チョウコさん、、
雲取越えを『死出の旅路』て、
呼ぶうち、昨日歩いた舟見峠から
後の霧深い間をとくに
『亡者の出会い』って言うんです
だから、ここからは、、
『死出の旅路』のつづきです。」

前を歩く
リンネが、チョウコに解る?と
言い様に話しかけた。

「え?で、なんなん?ここも、
アノヨの道ちゃうん?ほな、
一緒やんな。いける、いける」

歩き始めは、
朝靄が幻想的な風景を
創る中、急な坂を登ると
昨日みた杉木立は
次第に雑木林になっていき

そんな中で
チョウコはリンネに返事した。

一瞬、リンネは後ろのチョウコに
振り返って何かを言おうとしたが
諦めたような顔だけして
また前に向き直る。

「なあ、そんな顔せんといてや。
あたしやって、分かってるん
やで。ほんでも、ええやん。」

「期待が大きいと、後が怖いだけ
なんですよ。リバウンドが。」

キコも苦笑しながらチョウコの
後ろを続きながら、
道の途中に出てきた地蔵を
前に見つけて、

「いやあ、あれお地蔵さんや
ない?せっかくやし、詣っとか
へん?な?リンネさん。」

声を掛けた。

チョウコもキコも
坂のキツさに
息がすでに、上がってきたが、
リンネが言うには
この坂が今日1番で、
後の道は尾根づたいで マシだ
からと言われる。

「どうかケガしませんように。」

「リュウちゃん会えますようー」

「「・・・・」」

「ミノリ、、ある旅に、、」

「キコさん?」

「うん?何もないのよぉ。」

祠の地蔵に手を合わせて
また歩みを進めると、
次第に霧は晴れて、
太陽の光がさす。

「うあ、なんや水が流れとるやん
足、ハマルとこやったって!」

太陽の光が明るくなり、
坂を登るほど
片側の展望が開けて、
木々から山々が見渡せてきた。

「にゃあ!お水ん中に、なんか
いてはる!ウソ山椒魚さん?」

キコが、
チョウコが足をハマらせそうに
なった路沿いのセセラギに
釘付けになる。

「ウソやん、イモリかトカゲや。
目ぇ、あるし。スリムやし」

「ほないでも、お水ん中いれる?
トカゲさんやらイモリさんが」

チョウコがキコの所に戻って
生き物を一瞥して言い放つ。

「あー、紀州だけにいる山椒魚が
いてて、確かに目もあって、
細いんですよ。それかもです」

リンネもキコの所まで戻って
生き物を見つめる。

「ほれ、チョウコさん!やろ?」

「そんなん、わからんやん、
リンネさん、出して見てや!」

「え!いやですよ。触れません」

オゾマシイモノを見る目付きで、
リンネがチョウコを非難すると、

「あの、この後になると、蛇とか
多い路になるんで、気を付けて
下さいね。蛇、泳げますから」

チョウコとキコに告げて今度は
2人の顔を引きつらさせた。

今度杉木立を下る。
路は微妙なアップダウンを
しながら続き、やがて石垣が
道沿い目立ち始める。

茶屋の目印だ。

「この辺りが、今日小雲取越えの
1番の難関ですけど、昨日に
くらべたら、全然でしょ?」

リンネが先頭から声を掛ける。

もう、この頃には
だんだん展望は
遠くに棚引く山々となり、
昨日の集落も眼下に垣間見える。
リンネがチョウコとキコに
振り返った。

「桜茶屋です。ここからだと、
ほら集落が見えるでしょ?
渡し船の場所から 急坂を登って
くる旅人を見て、茶屋の人が
お餅をつくんです。お餅が出来る
匂いで旅人を誘うんですよ。
ここは大正前までやってました」

東屋で、少し休憩する。
まだ朝の時間で、ペットボトルに
入れてもらった宿のお茶を
3人並んで飲む。

「あれ、胡椒の木あるわぁ。
こんなとこになあ。そや山椒魚
って、なんで山椒なんやろか?
見た目やろか?触るとアカンとか
なんやったら、さっきリンネさん
お水から出さんで正解やったわ」

晴れた、目の前の景色を見ていた
キコが
東屋から木々に手を伸ばして、
思わず叫んだ。

「都のお人やのに、知らんのん
山椒魚って、割いたら山椒の
匂いするんやって。昔は、
食べてたんや。美味しいって」

そんなキコの隣で
チョウコが呆れながら、
胡椒の葉っぱを嗅ぐ。

「あれ、食べはるん?ないわ!」

「有名な美食家も食べたって
話聞いたことありますけど。」

チョウコを挟んで
リンネもペットボトルのお茶を
飲んで、胡椒の葉っぱを揉んだ。

「うちは、リュウちゃんに
聞いてん。しょーもないことは
よー知ってたんや。魚は特に」

「チョウコさん、山椒魚は魚
ちゃいますのんよ。大丈夫?」

3人は胡椒の葉っぱを堪能して
水分補給も終わらすと、
峠に向かって
再び、歩きはじめる。

「分かってるって!昔、魚取る
のんに、山椒つこうてんて!
山椒の皮が毒やから、皮ごし
水ん中で揉むと、魚が浮いて
くるんやて。今はアカンけど」

「「・・・・」」

急な坂になりつつある路すがら
休憩で取り戻した元気を
おしゃべりで持続させる。

「なんや、だんだん、
リュウちゃんいう人が 堅気や
ないイメージになりますわ。」

「あれですよね、ダイナマイトで
魚取るのと同じ原理ですよね」

白い眼差しを前後から受けて
チョウコが、
真ん中でタジタジになりつつ
言い張った。

「あんな、リュウちゃんは、
ええ男やってん。ほんまに。」

「はいはい、ええ男さんやねぇ」

雑木のアーチが
自然のトンネルになり風情ある。
木漏れ日を潜りながら
キコが適当な合図ちを打つと、
何度目かの歌碑が出てきた。

小雲取越の最高地点だ。

ここからはゆったりした
尾根を時折車道を見ながら歩く。

少し体力に余裕がでてきた
チョウコが 腕時計を確認して
キコとリンネに
昼の話題を先に予告する。

「リンネさん、もーすぐ、
お昼やんなあ。たべながら、
リュウちゃんのこと話すわ。
あたしとの馴れ初めや。」

お待たせしましたとばかり、
チョウコが言うと、

「馴れ初めて、旦那は別の人やし
その言い方、笑内しいわ。」

すかさずキコが突っ込む。

「あ!ヤリ○ン野郎には、今日
弁護士が離婚届けを書かせる
予定やわ!!もう忘れとった」

そして、

「ジャーーーン!!」

と効果音を云いつつチョウコは
電話の画面をキコとリンネに
見せてくる。

「まさか、古道詣での最中に、
離婚届けの紙を見るなんて。
穢れもへったくれもないです」

確かに、
チョウコの名前が書かれた
離婚届けが、電話の画面一杯に
表示されていて、

「あ、チョウコさん!確か
離婚のおまじないに、胡椒
使うヤツあったわ。ええ兆し
なんちゃうのん?なあ?」

キコが 告げると、
リンネが 微妙な顔をして、

「紀州は山椒とかの産地なんで、
帰りのお土産になら、胡椒も
きっとありますけど、、」

チョウコの顔を見る。

「ほんなら、また胡椒の葉っぱ
見つけたらお守りにする!」

チョウコがそう叫んだのを
2人がまた微妙な顔をして見る。