「あ、彰王子じゃん」
「……頼むからその呼び方やめて」
図書室の扉を開けたのは彰くんだった。文化祭以降すっかり定着してしまった「王子」呼びだが、本人はあまりよく思っていないらしい。おそらくあの黒歴史を思い出すのだろう。気持ちはよくわかる。
「どうしてここに?」
「あれ? もしかしてメッセージ見てない? 一緒に帰ろうと思って教室で待ってたんだけどなかなか来ないから。二者面談が長引いてるのかと思ったら次の人戻ってきたし。で、ちょっと探しに来てみたわけ」
「えっ、うそ!」
慌ててスマホを見ると、確かにアプリのアイコンにはメッセージを知らせる「1」という数字が付いていた。
「ごめん気付かなかった」
「いいよ。俺が勝手に待ってただけだし」
「でも私がここにいるってよくわかったね」
「まぁね。ほら、孤高の文学美少女といえばやっぱり図書室かなって思ってさ」
彰くんが悪戯っぽく笑って言えば、由香が隣でげらげら笑いだした。……くそう。
「ははっ。半分はウソだよ。栞里図書委員だろ? だから図書室にいる可能性が高いと思って。来てみたらやっぱ大正解」
半分ウソと言うことは残りの半分は本気という事だろうか。ていうか由香に続いて彰くんまで孤高の文学美少女って呼ぶなんて……。腹が立つのでこれから私も彰王子と呼ばせてもらおうか。
「このあとなんか用事ある?」
「ううん。何もない」
「じゃあ一緒に帰らない?」
「いいけど……」
このごろ、こうして二人で帰ることが当たり前になってきている。まるで本物の恋人同士みたいに。私はこの時間が嬉しいけれどちょっとだけ苦しい。だって、時が来ればこれらは全てなくなってしまうのだから。私に向けられる笑顔も、優しい言葉も、全部、全部。頭の中ではちゃんと分かっているけれど、気持ちはなかなか付いてきてくれない。
……私が彰くんの本物の彼女だったらこんな思いしなくて済むのに……。なんて、心の片隅で思うくらいは許してくれるだろうか。なんだか好きって気持ちを自覚してから、前より欲張りになってしまった気がする。
ふぅ、とこぼれ落ちた溜息に気付いた彰くんが私の顔を覗きこむ。
「……もしかして嫌だった?」
「えっ? あ、違う違う! 全然嫌じゃないよ!」
「そう? それならいいけど」
彰くんは安心したように笑った。いかんいかん。こうやって無駄なことばかり考えていては彰くんに迷惑をかけてしまう。邪心はなるべく振り払わねば。
「私の鞄まだ教室にあるから取ってくるね」
「俺も行くよ」
「ううん。すぐ来るから彰王子はここで待ってて」
「うわっ、その呼び方はマジやめて!」
私がからかうように言うと、彰くんは恥ずかしそうに顔を隠した。
「はーい。ぶん殴られたくなかったら今すぐイチャつくのやめてくださーい見てて気分が悪いでーす」
私を笑顔で睨む由香の視線が痛い。私はその視線から流れるように足早に図書室を出て行った。

