自分の気持ちを自覚したからと言って、私の言動にこれと言った変化はない。相変わらず彰くんとの関係はニセ彼女のままだし、告白現場を目撃してプチ修羅場を展開して以来、神田さんとの接触もない。時々訪れる塚本くんのちょっかいにうんざりしつつも、由香の持ってきたお菓子をつまみながら読書をして過ごす日々が続く。

 そう、何も変わらない。

 強いて言うなら、文化祭以降クラスメイトと少しだけ話をするようになった事だろうか。話と言っても朝の挨拶ぐらいだけれど。でも、木村さんとは挨拶以外でもよく話す。話してみると彼女の性格もなかなか個性的で面白いことが判明した。本についてもそこそこ詳しいので案外会話は弾む。慣れない感覚がなんだかこそばゆいが、悪い気はしない。

……ああ、それとあと一つ。

 私と彰くんが起こした文化祭の一件は、暫くの間学校中で大層な騒ぎになっていた。まぁ無理もない。祭りの最中とはいえあれだけ注目を集めたのだ。騒ぎにならない方がおかしいだろう。それに、みんな大好き平岡彰の関わる一件とくれば、騒ぎに拍車がかかるのは致し方ない事だ。これはある程度覚悟していたので問題はないのだが……。

 困ったことに、様々な尾ひれをつけて一人歩きした私たちの一件は、この学校に伝わる恋のジンクスというものに形を変えてしまったらしい。

 というのも、どうやら彰くんが私を連れて走っている様子を撮影した動画が残っているらしいのだ。しかもその動画、私が絡まれマニュアルという名の電波発言書を読み上げるところから彰くんが王子衣装で助けに入るところ、更には廊下を全速力で走り抜けて行くところまで、一連の流れ全てがご丁寧にしっかりと映されているそうだ。そしてこのご時世、一人がSNSにアップすればそれは人から人へ瞬く間に広まる。

 さらに困ったことに、この動画をアップした人物がコメント欄にて「うちの高校に伝わるジンクス! こんな風に文化祭の真っ最中に好きな人と手を繋いだまま人混みを全速力で走り、誰にも邪魔されずに屋上まで辿り着けたらそのカップルは幸せになれるんだって! みんなも試してね!」なーんてとんでもないことを書きやがったせいで、とんでもない噂話が出来上がってしまったのだ。

 誰だそんなものを撮影した奴は。誰だそんなものをネットにあげた奴は。見つけ次第記憶ごと消去してやるから覚悟しておけ!

 ……そんなわけで、私と彰くんはそのジンクスを実行したカップル、と一躍有名になってしまったのだ。消えたい。

 だが、そのお陰かどうかは知らないが、うちのクラスは見事売り上げ一位を記録するという木村さんの念願を叶え、そのご褒美として担任にクラス全員分の焼肉を奢ってもらうという約束を取り付けられたのだが……どうにも腑に落ちない。明らかに代償の方が大きすぎる。

「ねぇねぇ文化祭の動画見たー? なんかドラマのワンシーンみたいだったよねー!」
「あれうちの学校に伝わるジンクスらしいよ? てかああいうのガチでやる人いるんだね」
「しかもあの衣装とかすごくない? ま、二人とも似合ってたからいいけどー」

 ……消えたい。今すぐ消えてなくなりたい。廊下から見計らったように聞こえてきた女子生徒の会話に、私は深い溜息を吐き出した。スマホの画面を開いて、クラスメイトから送られてきた動画を再生させると、そこには王子衣装を着た彰くんと猫耳カチューシャを付けた私が手を繋いで走っている姿が流れ出した。

 ……これはヤバい。完全なる黒歴史だ。というか、私は黒歴史に黒歴史を重ねるようなことをしていて良いのだろうか。いや、良くない。

 そう思っているのに、送られてきた動画を削除するどころか保存してしまっている自分にドン引きだ。恋心とは思っていた以上に厄介なものらしい。恋は盲目、とはよく言ったものだ。