その答えは恋文で


「勝手に呪いを解かれては困りますねぇ」


 背後にある教室のドアから、夏休み以降暫く聞いていなかった声がした。

 ぱっと振り返った先に居たのは、キラキラと輝く王子様の衣装を身に付けた彰くんだった。突然現れたイケメンリアル王子に、並んでいた女性客がきゃあきゃあと騒ぎ出す。

「な、なんだお前」

 王子衣装に驚いたのか、王子衣装を着こなす彰くんに驚いたのかは定かではないが、二人の男は目を丸くして彰くんを見つめた。

 当の本人は恥ずかし気もなく颯爽と歩いて来て私の横にスッと立つ。私と目を合わせると爽やかに微笑んだ。周りが更に黄色い悲鳴をあげる。

「申し訳ないが、この方は私の婚約者であります。今は()しき魔女に呪いをかけられ半猫(はんねこ)の姿で門番をさせられていますが、彼女の本来の姿はとても美しいこの国の王女様であり、私の婚約者なのです!」

 彼が高らかに告げた瞬間、周囲はしん、と水を打ったような静寂に包まれる。

 これは……これはとんでもないものが始まってしまったのではないだろうか。素人が作ったB級映画でもこんな展開見たことない。

「お嬢様! ご無事ですかお嬢様!」
「オーホッホッホ! わたくしのかけた呪いはそう簡単に解けるものじゃなくってよ?」
「くっ……! 暗黒の魔女め!!」

 更にどういうわけか魔女の衣装と執事の衣装を着たクラスメイトまで悪ノリしてくるものだから止めたくても止められない。

 正直、私も声を掛けてきたお兄さん達も困惑気味である。だって、私が王女で婚約者って……さっきも言ったけど一体どんな設定なの? この国ってどこ? 門番ってなに? 確かに変な猫耳は付けてるけど、私制服着て座ってただけなんですけど。それに皆アドリブにしてはやけに上手いし。どうなってるの? 至急説明を求む。

 騒ぎを聞き付けたのか、ギャラリーもどんどん増えていく。その中で堂々と立ち振る舞う彰くんは、今日一日で羞恥心をどこかに置いてきてしまったのだろうか。

「これでも貴方に姫君の呪いが解けると言うのですか?」
「え、いや、その……」

 さっきまで威勢良く乗っかってきたお兄さんもさすがにたじたじだ。そりゃあそうだろう。これだけ目立ってしまったのだ。早く帰りたいはずだ。私も帰りたい。

「残念ですが貴方に姫の呪いは解けませんよ。絶対にね」
「え?」
「だって、呪いを解くのは昔から王子様の役目だと相場が決まっているでしょう?」

 とびっきりの王子スマイルで言い放つと、彼は突然私の手を掴んで走り出した。座っていた私は無理矢理立ち上がる形になり、足をもつれさせながら必死に付いていくしかない。

 彰くんの体温が伝わってくる。まるで虹祭りの時みたいだ。あの時のように、心臓がドクドクと激しく動き出していた。