「……まったく。栞里ちゃんは相手の神経逆撫でするのが上手だねぇ」

 神田さんが出ていったドアからひょっこりと顔を出したのは、なんの因果かまたしても塚本くんだった。いつもタイミング良く登場するけれど、彼女のストーカーでもしているのだろうか。

「……それはどーも」
「全然誉めてないんですけど~?」
「……塚本くんはいつも私がピンチの時に現れるのね」
「今回は止めに入れなかったけどね」

 彼は一歩、私に近付いた。

「塚本くんはどうしてここに?」
「麻衣子が荷物取りに行ったまま中々帰って来ないからさ、迎えに来たの。そしたらなんかプチ修羅場? だったよね?」
「まぁ……そうなのかな?」

 彼はゆっくりと私の近くまで来ると、神田さんが置いていった段ボール箱を持ち上げた。

「……追いかけないの?」
「んー?」
「神田さんのこと。私が言うのもアレだけど……泣いてる……かもしれない」

 塚本くんは苦笑いを見せて私の頭をぽんと撫でると、きっぱりと言った。

「追いかけないよ」
「……どうして?」
「だって今追いかけたらアイツ泣けなくなっちゃうじゃん。アイツは負けず嫌いで勝ち気だからさ、他人に弱いとこ見せたくないんだよ」
「……塚本くんは神田さんの事なら何でもわかるんだね」
「まぁね。こう見えて片想い歴長いですから」

 塚本くんは冗談めいてそう言ったあと、真面目なトーンに切り替える。

「ああそうだ。麻衣子の事は気にしなくていいよ。落ち着いた頃に俺がちゃんと様子見に行くから。もちろん、ハンカチとティッシュ持参でね」
「……うん」
「それと、アイツが怒ったのは栞里ちゃんの事だけじゃないと思うんだ」
「……え?」
「平岡の告白現場を目の当たりにしたショックとその女の子の勇気、いつまでも決心がつかない自分に対しての苛立ちと振り向いてもらえない悲しみ、栞里ちゃんへの羨望と嫉妬。色んな感情が混ざりあってあんな事言ったんだと思うよ」
「……好きって…………好きって難しいね」

 二人分の足音が淋しく響く中、私は口を開いた。

「……塚本くん。ひとつだけ聞いていい?」
「いいよ」

 たった一つのことを問うだけなのに、やけに緊張した。制服の裾をぎゅっと握りしめる。

「……私って、ずるいと思う?」
「ニセ彼女の事? うーん、その事に関しては別にズルいとは思わないなぁ。平岡(あっち)から言ってきたことだしね。ただ……」

 塚本くんの鋭い視線に捉えられ、身動きが取れなくなった。

「いつまでも自分の気持ちに気付かない振りしてそこに居座ってるっていうんなら、それはちょっとズルいと思うけど?」

 彼の言葉が胸の奥に突き刺さる。それは、簡単には抜けそうにないほど深いものだった。