「平岡は超頭良いからさ、県外の進学校に推薦で決まってたの。あたしなんかがどんなに頑張ったって入れないような所でさ、会えなくなるならもうこの気持ちは潔く諦めようって思ってた。ずっと好きだったけどどうしても告白は出来なくて、仕方ないから心の中にひっそりしまっておこうってそう決めたの」

 はぁ、と息をついて力を込めていた手を緩める。

「でもね、入学式の代表挨拶で喋ってる平岡見た時は驚いた。ほんと、ものすっごい吃驚しちゃって心臓止まったかと思ったもん。まぁそりゃ驚くよね。もう会えないと思って諦めた人が目の前で喋ってるんだから。それで、その背中見て、やっぱり好きだなぁって。この人のこと諦めたくないなって思って。中学の時みたく後悔なんてしたくなかったから、自分なりにお洒落して努力して、話し掛けたり遊びに誘ったりアピールしてたのに。横から突然どっかの誰かにかっさらわれちゃってさぁ。マジありえないっつーの」

 顔を上げた神田さんにジトリと恨みのこもった目で睨まれる。

「…………ごめん」

 こういう時、なんて声をかければいいのか分からなかった私の口から出たのは謝罪の言葉だった。

「謝んないでよ。ムカつくから」

 しかし、それは眉根を寄せた神田さんに大きな舌打ちで返される。……私、この人にどれだけ嫌われてるのだろう。

 神田さんはゆっくり立ち上がると、スカートに付いた埃を手で軽く叩いた。

「あの子、平岡にフラれるってわかってたのに告ったんだよね。……ホント、すごいなぁ」

 人の気持ちは難しい。

 どんなに好きでいたって、どんなに頑張ったって、自分の好きな人が振り向いてくれるという保証はないのだ。それはあの子だってわかっていたはずだ。分かっていても、それでも、やっぱり。


「好きなら好きって……ちゃんと伝えるべきなんだよね」


 ぽろりと口から出た言葉は自分の首を絞めるような言葉だった。途端にぐっと胸が苦しくなる。

「……それ、アンタにだけは言われたくないんだけど」

 私の言葉は彼女の事も苦しめてしまったらしい。神田さんは冷たい目で私を見下ろすと、声を震わせながら言った。

「……アンタに、アンタに何が分かるのよ。好きって言っても傷付くことなんてないくせに!! 好きって言ってもごめんねなんて謝られることないくせに!! 平岡に好かれてるアンタに、あたしの気持ちなんてわかるわけないじゃない!!」

 そう言って、神田さんは勢いよく扉を開けると逃げるように走り去る。

 神田さんの長い髪を結んでいる薄い水色のシュシュが、私の脳内に強く印象を残した。

 一人きりになった狭い部屋で、私はぽつりと独り言を漏らす。

「……そっちだって何も知らないくせに。……形だけ付き合ってたって、気持ちがなくちゃ意味ないじゃない」

 私の小さな呟きは静寂の中に消えた。


 ……はずだった。