その答えは恋文で


 作法室や視聴覚室などの特別教室が集まるB棟は、準備に追われ慌ただしい雰囲気の校舎内から切り離されたように静寂に包まれていた。人気のない廊下に私の足音がよく響く。

「……あれ?」

 あそこは美術室のあたりだろうか。両手に段ボール箱を抱えたポニーテールを見付けた。彼女も文化祭準備のために何か荷物を取りに来たのだろう。だが、何やら様子がおかしい。

 神妙な面持ちで、後ろのドアから中の様子をじっと覗いている。

「……神田さん?」

 私の小さな声に反応してはっとこちらを向いた彼女は、瞬時に右手の人差し指を口元に持っていき、必死な形相で「静かにしろ!」と無言で訴えてきた。

 ただならぬ様子を不審に思って、私も室内をそっと覗き込む。中には制服姿の男子生徒と女子生徒が向かい合うようにして立っていた。ここからでは横顔しか見えないが、それでもわかってしまった。


 あの横顔は、彰くんだ。


 すらりと伸びた高い身長にすっとした鼻、長めの前髪に隠れるようにある泣き黒子。いつも隣で見ていたのだ。見間違うはずがない。心臓が、嫌な音を立てて軋んだ。

 チラリと神田さんの様子を伺うと、彼女は私の事なんて目もくれず、固唾を呑んで二人の動向を見つめていた。

「私……平岡くんの事が好きなのっ」

 彰くんの前に立つ女の子の声が、静かな教室に反響して私達の耳にも届いた。

「……平岡くんに彼女がいるのは知ってる。でも、それでも好き。平岡くんが好きなの」

 彼女の告白に、私と神田さんは同時にはっと息を呑んだ。言い様のない緊張感が走り、お互い固まったまま動かない。いや、動けない。


「…………ごめん」


 少し間を置いて、彰くんの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「気持ちはすごく嬉しいよ。でも、俺は知っての通り彼女がいるから。だから君とは付き合えない」
「……うん」
「本当にごめんな」
「……ううん。結果は分かってたから大丈夫。ただね、気持ちだけはどうしても伝えておきたくて」
「……そっか。君の気持ちはちゃんと伝わったよ。本当にありがとう」

 私の頭に思い浮かんだのは、ああ、一応()()としての私は告白を断る理由として役目は果たしてるんだなぁ、というどうでもいいことだった。それ以外のことは、あまり考えられなかった。机にぶつかったのか、ガタリという大きな音で我に返る。気付けば女の子が教室を出ていく所だった。私と神田さんは慌てて美術室の隣の小さな部屋に身を潜めた。だって、告白の現場を盗み見ていたのがバレたら相当気まずい。きっと神田さんも同じ思いなんだろう。

 走り去るような足音はさっきの女の子のものだろう。晃くんはまだ中にいるらしい。私達は物音をたてないように気を付けながら、ただひたすら彰くんが出ていくのを待った。

 私、メジャーを取りに来ただけなのにどうしてこんなことになったんだろう……。