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「ご苦労様! あとは明日の当番の子とやるからもう帰っていいわよ」
翠先生の声で手を止める。もう帰る時間になったのか。だいぶ集中していたらしく時間の感覚がなかった。
「レオくんも手伝ってくれてありがとう。とても助かったわ」
「じゃあお礼は翠ちゃんのハグでお願いしま~す」
「馬鹿なこと言ってるとぶん殴るわよ」
「やだなぁ、ちょっとしたジョークじゃないですかあははは」
拳を握った翠先生の目は本気だった。
「栞里ちゃん一緒に帰ろ!」
「嫌だけど」
「即答!?」
よし、バインダーを片付ければあとは帰るだけだ。
「途中まででもいいからさぁ~! 一緒に帰ろうよ~」
聞き分けの悪い子供みたいに駄々をこねる彼はこれでも十七歳の男子高校生である。図体のデカイ男がこんな事したって可愛くもなんともない。それより気になるのはこっちの方だ。
「……翠先生、何ニヤニヤしてるんですか」
私と塚本くんの会話を生温かい眼差しで見つめる翠先生が気になって仕方がない。あらぬ誤解を招きそうで嫌な予感がする。
「いやいや別にぃ~? 青春だなあって思ってただけだよ? いいなぁ! 私も高校時代に戻りたいっ!」
ほら、やっぱりね。私は鞄を持って図書室を後にした。
「待ってよ栞里ちゃ~ん! しおり〜ん!」
後ろから塚本くんが付いてくる。しかも勝手にあだ名までつけて……まったく。諦めの悪い人だ。
「付いてこないでよ」
「俺ん家もこっちにあるんだもん」
そう言って隣に来たので、仕方なく一緒に歩き出した。もう拒否するのも面倒くさい。塚本くんは嬉しそうだった。その顔を横目で見てから、小さく口を開いた。
「……もうさ、塚本くんが私に構う理由はないんだよ?」
彰くんとは付き合っていないと、私はさっきハッキリ言ったはずだ。つまり、神田さんのために私と彰くんの仲を裂くという彼の目的はなくなった。だから私に構う必要なんてもうないのだ。それは塚本くんだって充分理解しているだろう。
「そんなの関係ないよ。言ったじゃん。俺、栞里ちゃんの事好きだって言ったのは嘘じゃないって」
「…………はい?」
「つまりね、俺は栞里ちゃんのことフツーに気に入ってんの! だから友達としてこれからも仲良くしていきましょーって事!」
彼の頭は暑さでとうとうやられてしまったらしい。