「今回は新刊の話じゃないんだけどさぁ、栞里ちゃん、ちょっと前に黒渕環の本買ったじゃん?」
「ああ、クロの楽園?」
「そうそうそれ〜」
クロの楽園は彰くんと一緒に行った時に買った本だ。とっくに読み終わって本棚のお気に入りコーナーにしまってあるけれど、それがどうかしたのだろうか。
「その本のサイン本が入ったんだけど、もしかしたら栞里ちゃん興味あるかなーと思って」
相手に姿は見えていないというのに、私は前のめりになって半ば叫ぶように言った。
「おいくらですか!」
「値段は一緒。ただ同じ本だし二冊買うのはどうなのかなーって思って迷ったんだけど、栞里ちゃんファンって言ってたし一応耳に入れておこうかと」
「ありがとうございます保存用と鑑賞用にするので大丈夫ですというか今から取りに行っていいですかいいですよね行きますね!」
私はノンブレスでそう告げると「お取り置きしておくから落ち着いてよ栞里ちゃん」という高田さんの声を無視するように電話を切った。
幸い、今は夕方だ。熱々の太陽も夜に向けて休む準備をしている頃だろう。うん、行ける行ける。超行ける。私は部屋着のまま玄関に置いてあったサンダルを履いて外に出た。
本を買う時、通販には頼らない。いくらめんどくさくても欲しい本は本屋に足を運んで買うのが私のポリシー。店員さんと仲良くなれば、こうして情報を教えてくれたりするし。
なるべく日陰を通りながら、私の足はどんどん先へ進んで行った。
「高田さん!」
「うわっ、栞里ちゃん来んの早ぁっ! ちゃんとお取り置きしておくからって言ったのに。熱中症とか大丈夫?」
「だ、大丈夫です。それより本……黒渕環のサイン本を……」
「はいはい待ってて。今取ってくるから」
息も絶え絶えに話す私を苦笑い混じりに見ながら、高田さんは奥へと消えた。
狭い店内は十分に空調が効いていて、実に快適な温度だった。熱を帯びた体がひんやりと冷やされていく。

