「平岡くん」
「ん?」
「……ワタシニ、ベンキョ、オシエテクダサイ」

 私は数学の教科書とノートを彼の前に突き出して深々と頭を下げる。心の天秤はあっという間に平岡側へと傾いた。背に腹は代えられない。何せ死活問題なのだから。

「別に良いけど……なんでカタコト?」
「ほ、ほんと?」
「うん。でも、その前になんか忘れてない?」
「……え?」

 何か不手際があっただろうか。疑問符を浮かべながらそろりと頭を上げる。

「名前で呼べって言っただろ?」

 あ……。すっかり忘れていたけど、そういえばこの前そんな事言ってたっけ。私は目を白黒させながら考える。目の前の平岡くんはにこにこと笑いながら私の言葉を待っていた。

「ええと……勉強を教えて下さい……彰、くん」
「うん。栞里のお願いならいいよ」

 平岡く……いや、彰くんは満足そうに笑って頷いた。栞里のお願いって……。なんていうか、そうやっていちいち心臓に悪い言い方をするのはやめてほしい。

 勉強会は早速今日の放課後から始めることになった。

 テスト期間が近づくとさすがに図書室の利用者も多い。話し声が迷惑になるのは悪いので、私達は教室でやる事に決めた。





「よろしくお願いします」

 教科書とノート、問題集にプリント数枚を机上に出した。これで準備は万端だ。

「数学だけでいいの?」
「うん。私、他はまぁまぁ大丈夫なんだけど数学だけはどうしても出来ないの」

 彰くんはちょっと見せてね、と言ってパラパラと問題集を捲る。丸の数が少ない私の問題集に彼は呆れていないだろうか。ちょっと心配だ。

「ええと、計算は全体的にケアレスミスが多いね。使う公式が間違ってるパターンもいくつかあるみたいだ。確率や文章問題は大丈夫そうだけど、図形とグラフは苦手そうだね」
「…………おっしゃる通りです」

 たった数秒で私の苦手なところを見抜いたというのか。さすが天才。

「いつもは何点ぐらい取れてる?」
「お、お恥ずかしながら半分以下です」
「そっか。……じゃあ七割だな」
「え?」
「目標の点数、七十点ね」

 天才の言うことはわからない。私今、恥をしのんで半分以下だって言ったじゃないか。急に三十点も上げるなんて、そんなのレベル一の勇者が装備無しでラスボスに戦いを挑むくらい無謀な挑戦だ。

「無理だと思うんだけど」
「なんで? ケアレスミスをなくせば結構イケると思うよ?」

 彰くんは平然と言い切る。

「大丈夫。基本問題さえ解ければ間違いなく七割は取れるから。その代わり応用は捨てよう」
「え、捨てるの?」
「今回はね。応用問題は配点は高いけど、出るとしてもせいぜい二~三問だ。それより基本問題で確実に点を稼いだ方が効率が良い」

 言われてみれば確かにそうだ。私が納得したのを見計らって、彰くんは問題集を開いた。

「じゃあ、早速だけどこの問題から始めようか」