「帰る」
「まぁまぁ」
「帰るってば」
「まぁまぁまぁまぁ」
「あ、居た」
平岡くんが来る前に帰ってしまおうという私の目論見は見事に崩れ去った。
真っ黒い笑顔を浮かべたままの由香にお前の考えなんて全てお見通しだ、と言わんばかりに行く手を阻まれ、なんやかんやしている間に無情にも図書室の扉が開いたのだ。
そこから探るように平岡くんが顔を出して、冒頭の台詞である。
「どーもどーも平岡くん! お噂は予々!」
「こんにちは渡辺さん」
由香は先程とは打って変わってにこやかに挨拶をすると、私に小声で「早く行け」と低く言って背中を押した。力に逆らえなかった体は一歩前へ動き出す。生け贄に選ばれた村娘の気分だ。
「あれ? 委員会の仕事はいいの?」
「いいのいいの! 丁度終わったところだからすぐ帰れるよ。ね? 栞里?」
有無を言わさぬこの圧力に抗える者がいたら是非とも此処に連れてきて欲しい。私には到底無理なので力なく首を縦に振ることしか出来ない。ああ、ノーと言えない日本人。
しかも、去り際に見た由香の目が「明日絶対に報告しろよ」と言っていた。あれはネタにする気満々の顔だった。最悪である。
「バイバーイ!」
……どうしよう。この笑顔、ブン殴りたい。