その答えは恋文で






「いいかお前ら! お前らはやれば出来るんだ! 最後まで諦めるなよ!」

 頭に鉢巻を巻いた担任がうちの中学の生徒に向かって暑苦しい激励を送っている姿を見ていられなくて、俺はこっそりその場を抜け出した。しんしんと積もる雪が寒さを助長させているようで、俺はぶるりと身震いをした。

 担任に無理やり持たされた合格祈願の赤いお守りを手のひらにのせる。こんな小さな袋ひとつで願いを叶えてもらおうなんて、虫が良すぎる話だよなぁと柄にもないことを考えてしまった。

 ザクザクと歩みを進めていく。そういえば、ここはどこの高校だっけ。校舎を見上げてもわからないや。

 その時だった。今日一番と思われる、冷たくて強い風が吹いたのは。

 その風に煽られたのか、それとも手がかじかんで力が入らなかったのか、赤いお守りは俺の手のひらからするりと抜けて白い地面へと真っ逆さまに落ちていった。

 あっ、ヤバイ。

 ……俺の顔は真っ青になった。

 慌てて拾ってお守りについた汚れを払う。……やばい。これはさすがに縁起が悪いよな。こんな事ぐらいで試験結果に影響が出るとは思えないけれど、一応うちの生徒の応援に来たわけだし。どうしよう、やっぱりやばいよなぁ。

 ごしごしと必死にお守りの汚れを払っていると背後から「…………ねぇ」という透き通るような声が聞こえてきた。振り向いた先には、見慣れない制服を着た女の子が立っている。マフラーに顔を埋めた彼女は俺を──いや、正しくは俺の手の中にある赤いお守りをじっと見ていた。その瞳の美しさに、俺の胸はドキリと一瞬高鳴った。

「それ……私のと交換しよう」
「……は?」

 彼女から出てきた言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。私のと交換って……まさかこのお守りのことか? なんて考えているうちに、彼女はどんどん近付いてきて俺の手の中から赤いお守りを奪うと、自分が持っていた同じ赤い色のお守りを握らせた。

「私のと交換したから大丈夫だよ。君は受験に落ちたりしない」

 そう言われて、ようやく気付いた。彼女は俺をこの高校を受ける受験生だと思っているらしい。そりゃ、こんな日に中学生がいたら誰だってそう思うだろう。だから、お守りを落とした俺を放っておけなかったのか。

「私のことなら気にしないで。もう一つお守り持ってるから大丈夫」

 俺は彼女の誤解を解こうとするが、なかなか話を聞いてもらえない。とりあえず、この渡された赤いお守りを彼女に返しておきたいのだけれど。俺が持ってても悪いしね。

 どう伝えればいいのかと考えているうちに、「試験、お互い頑張ろう」と言って彼女が立ち上がる。どうしよう。早くこのお守りを返さなければ。そう思って口を開いたのだが──。

「それじゃあ。入学式で会えるといいね」

 そう言ってふんわりと微笑んだ彼女の姿に、全てを持って行かれた気がした。さっきまで寒くて凍えそうだった体が、ポカポカと温かくなっている。彼女のほんの一瞬の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなくなってしまった。

 なんだろう、この感情は。初めて味わう気持ちだった。

 気付けば、もうすでに歩き出してしまった彼女の背中に向かって声をかけていた。

「あ、あの! これ! ありがとう!」

 右手を上げて貰ったお守りを見せると、振り向いた彼女は小さく笑って再び歩き出してしまった。俺はと言うと、へなへなとその場にしゃがみ込む。


「……なんだよ、これ」


 俺はぎゅっと赤いお守りを握りしめ、「合格祈願」と縫われた刺繍部分をゆっくりと数回なでた。思い出すのは彼女と交わした短い会話と、最後の笑顔。

「……他にお守りあるからって、普通落ちたお守りと交換するか? しかも受験当日に。一回も会ったことのない見ず知らずの他人と」

 気付けば、俺は笑っていた。

「ふはっ!」

 あんな子に会ったのは初めてだ。……どうしよう。あの子のことが頭から離れない。名前も学校も何一つ知らないのに、一体どうやったら……。

 はっ、と気付いて、俺は立ち上がって校舎を見上げる。……そうだ。彼女はきっとこの高校を受験するに違いない。

 つまり、俺もこの高校に入れば彼女とまた会えるということじゃないか。


〝入学式で会えるといいね〟


 俺の目の前がパァっと明るくなった気がした。