「平岡っ!!」
大きな声と同時に、教室のドアがバーン!! と勢い良く開く。その衝撃で教室は一瞬で静寂を取り戻した。走ってきたのか、ハァハァと肩で息をするのは一人の女子生徒だった。静寂の中、彼女はずんずんと大股で室内に入ってくる。
高い位置で結ばれたポニーテールを左右に激しく揺らしながら、彼女は平岡くんの机の前でピタリとその足を止めた。
「神田じゃん、おはよ。俺に何か用事?」
平岡くんはにこにこと余裕の笑みを浮かべているが、〝神田〟と呼ばれた女子生徒の顔は酷く不満げなものだった。口を真横に固く結び、眉間に皺を寄せたしかめっ面のまま微動だにしない。クラスの皆も固唾を呑んでその様子を見守っている。
……なんだろう。何が起こっているのかさっぱりわからない。私だけ違う次元に居る気がするんですけど。
彼女は覚悟を決めたようにきっと釣り上がった目を平岡くんに向けると、真横に結ばれた口をゆるゆると開いた。
「…………平岡」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。なに?」
「……成瀬さんと付き合ってるって、本当?」
ぼとり。
私の手から文庫本が滑り落ちた。……なに今の。幻聴? 私の耳はおかしくなってしまったのだろうか。彼女の口からとんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
〝成瀬さんと付き合ってるって本当?〟
いやいやいやいや。ちょっと待ってよなんの冗談? 開いた口が塞がらないとはまさにこの事である。予想外の出来事に動揺を隠しきれない。成瀬って私じゃないよね? いやでも学年に成瀬は私しかいないし……ってことは私? 私のこと? でも、そしたらなんで? なんで私が平岡くんと付き合わなくちゃならないの?
……まさか。昨日の放課後のことが原因なの? いや、でもあれは平岡くんなりのはらわたが煮えくりかえるほどタチの悪い冗談であって本気の話じゃない。それに、冗談だろうがなんだろうが私はキッパリと断ったはずだ。あの場にいたのも私達だけだったし……一体誰がこんな根も葉もない噂話を流したのだろう。
泣きボクロが随分とセクシーな垂れ目とばちりと視線が重なる。その瞬間、平岡くんはろくでもない悪戯を思い付いた悪餓鬼のように口の端を上げて笑顔を作った。……嫌な予感しかしない。
「うん、そうだよ。俺と成瀬さん、付き合ってる」
予感的中。彼は破壊力抜群のとんでもない爆弾をこの場に投下した。

