狼姫と野獣

それからは快と会う気になれなかった。

落ち込んで学校でも唯に「元気ないけどなんかあった?」と心配される始末。

なんでもないと誤魔化して迎えた放課後。

夕方なのにうだるような暑さ。

特にこの時期は快に会えない。

それに今日は……。



「黒帝の誰と付き合ってんの?」

「え?」



突然、思考と視界を遮られた。

学校の近く、花屋に向かう途中の路地で男の人に話しかけられた。

……今、黒帝って言った?


「黒帝の倉庫に出入りできるってことは幹部の女だろ?」

「ち、違います」

「はは、ちっちぇ声」

「遠山快?桐谷燈?なあ、どっち」

「関係ないので通して下さい」



後ずさりしながら距離を取ったつもりだったのに、不意に痺れるような痛みが走った。

じわ、と頬に広がる痛み。

ここでようやく男に平手打ちされたんだって分かった。



「いいから答えろ、殺されてえの?」



誰なのこの人、怖い。

呼吸が苦しい、息が浅くなる。

死の恐怖が足元から迫ってくる。

知ってる、こんな時に都合よく助けなんて来ないって。

だから動かなきゃいけないのに、いざ直面すると身体が動かない。



「聞いてんのかおい……っ!?」



片腕を掴まれてとっさにバックの中から小さなスプレーを取り出す。

それを顔めがけて噴射すると、男は顔を両手で覆って激しく苦しみ出した。