アルチュール国はオレーシャ同様ロスティに敗戦しているが、オレーシャと違い、ロスティに組み込まれていない。
 国土の代わりに要求されたのは、イネス・アルチュールだった。

 うわさによれば、ロスティ国の第一王子、キリル・ロスティの一目惚れらしい。
 このたびキリルたっての望みにより、イネスは彼と政略結婚することになっている──という話を、着替えの間にノージーから聞かされたばかりだ。

 馬車の中は、嗅ぎ慣れない香水の匂いが漂っていた。シナモンとバニラと、他にも甘いような苦いような、それでいて香ばしいような不思議な香りが混じり合っている。

「どうぞ、お掛けになって。あなたはゆっくり休まなくてはいけないわ」

「はぁ……いえ、はい……?」

 勧められるままに馬車の座席へ腰を下ろす。
 ピケは失礼にならないようにこっそり、馬車の中を見回した。