「ピケが無事だったから言えることですけれど……彼女はあなたと会う直前に危険な目に遭っていたのでしょう? きっと、胸はドキドキ、心臓はバクバクしていたはずですわ。そこへあなたが優しく手を差し伸べたら、ついコロリと心を傾けてしまうのが、恋の常識ではありませんか」

 無神経な言葉だ。
 天然を装っているが、わざとノージーを煽っているのがありありと伝わってくる。
 このイネスという少女は、タチが悪い。
 猫が好きなのに、構いすぎて嫌われるタイプの飼い主になりそうだな、とノージーは思った。

 ノージーという猫は、愛する人(ピケ)にだけ構ってもらいたいのであって、他はお呼びでないのだ。
 散らしたつもりの殺意が、ぶり返す。
 スカートの中でブワリと尻尾を膨らませながら、ノージーはギリリと歯軋りした。

「恋の常識、ですか」

 だからそれは、物語の世界の常識ですよね。
 何度言っても聞き入れてもらえない言葉を、ノージーは飲み込む。