イネスがお願いしてもやんわりと断っていたキリルの態度が、ピケとノージーが見せつけるかのようにひっついているおかげで軟化してきたのだ。
 つい先日なんて、ダンスレッスンの最中に腰をグッと引き寄せてくれた。それはもう、情熱的に!

 たくましい腕がしっかりとイネスの腰を引き寄せ、ちょっぴり当たるふくよかなおなかの柔らかさに頰がゆるむ。至近距離で見つめ合い、このままキスか──なんて良いところでダンス講師が手をたたいたせいで、甘い雰囲気は霧散した。
 ああ、なんて勿体ないことをしてくれたのかしら。あのダンス講師はクビね、とイネスが思ったのは言うまでもない。

 話が逸れた。
 とにかく、だ。イネスがつまずきそうになっていたというのもあるが、以前のキリルならダンスを中断しホールドを解いていたはず。
 そう考えると、このままいけばキスは無理でもハグくらいならいけるのでは? と一筋の光が差したような気がしてくる。

 だから、困るのだ。
 イネスの明るい恋人生活を実現するためには、彼らの親密さが頼り。
 春に行われる結婚式までに、なんとかしてイチャイチャしたい。いや、しなくてはならない。
 イネスにとって、憧れを実現させることはもはや、使命だとさえ思えた。