このヒラヒラでスースーする制服は、幸いにも洗替用に何着も用意して下さっています。昨日はピンク。今日は水色。急いで着替えて、私はカミュさまの寝室の前で深呼吸しました。

 今日こそ、きちんと添い寝業務を遂行しなくては……!

 覚悟を決めて、私は扉をノックしました。
 お返事はありません。

「失礼……します……」

 そっと扉を開くと、ランプ一つで机仕事をしているカミュさまのお姿が見えました。眉根を寄せたまま、ペンを置きます。

「寝る部屋はいくらでもあるだろう。早く寝るようにと言ったはずだが?」
「カ、カミュさまは、まだお眠りにならないのですか……?」
「まだ仕事がある」
「ですがもう夜も遅いし昨日も――」
「聞こえなかったのか? まだ仕事があると言っている」

 有無を言わさないカミュさまの静かな迫力に、思わず唇を噛み締めます。

 だけど、いつの間にかそばにいたギギが私の足に頭をグリグリ押し付けてました。そうですよね。ここで怯んではいけませんよね!

「では、終わるまで待っています」

 私がそう答えると、カミュさまは何も言わず再びペンを持ちました。

 何の仕事をしているのでしょうか。そもそも騎士さまにこんな机仕事があるということが意外だったりもします。もっと身体を張る仕事をする人が騎士さまなのだと思っておりました。

 カツカツとペンの走る音が夜の屋敷に響きます。あとガリガリという音も。カミュさまが何か食べているようです。

 何でしょう……あ、カミュさまが瓶を取りました。中には色とりどりの飴が入っているようです。ランプの暖かな明かりに照らされて、とても綺麗です。カミュさまはそれを幾つか手に取り、口の中に入れました。そしてまたガリガリと噛みながら、再びペンを取ります。

 飴が……お好きなのでしょうか?

 一連の動作の間も、カミュさまの真面目な横顔は凛々しいものでした。だけどやはりお疲れなのでしょうか。目の下の隈が青黒く、どこか頬もこけているように見えてしまいます。

 私が扉の外からそれを眺めていると、いつの間にかペンの音が止まっていました。

「せめて部屋の中で待ってろ。そこから見られるのは気が触る」
「し、失礼しました!」

 私は慌てて部屋に入ります。当たり前のようにギギも入ってきます。

 そして部屋の隅にジッと立つと、

「く、くちゅんっ!」

 うぅ……またもや失敗です。クシャミをしてしまいました。正直廊下は空気がヒンヤリとして寒かったのです。急に温かい部屋に招かれて、完全なる油断です。

 すると、やはり耳障りだったのでしょう。カミュさまはため息を吐かれます。

「俺の仕事が終わるまで、ずっと立っているつもりか?」
「そ……そのつもりですが……」
「せめて椅子に座ってくれ。命令だ」
「あ、はい……」

 命令と言われたなら仕方ありませんよね? 椅子に座ろうとしますが、チェストの横に置かれている唯一残っている椅子にはたくさんの書類が置かれてします。

 どうしましょう……と考えていると、いつの間にか立ち上がったカミュさまがドサッとそれを床に下ろしてくださいました。そして「座れ」と椅子を叩きます。

「ありがとうございます」
「寒ければ俺のマントでも何でも好きに使え。というか、いつ部屋に戻っても構わん」
「お、お仕事を全うするまで帰りません!」
「そうか……あ、飴でも食うか?」
「あ、お気遣いなく」
「……そうか」

 ついつい遠慮してしまいましたが、カミュさまの眉間の皺が深くなったのは気のせいでしょうか?

 だけどそれから、会話は何もありませんでした。
 カツカツとしたペンの音と、ガリガリとした飴を噛む音を聞きながら、カミュさまの姿勢の良い背中を見ています。

 カミュさまはおそらく特別体格が良いとか、大きいというわけではありません。もちろん背は高いのですが、甲冑やマントを付けていなければ普通のカッコいいお兄さんです。それでも年齢の違いはあるのでしょうが、見慣れたクロの背中よりも肩幅も広く、頼もしく思えます。

 今日はとても静かな夜でした。風も吹いておらず、虫の声すら聴こえません。

 カツカツと。ガリガリと。

 膝に抱いたギギの寝息とその音は、とても心地の良い音で。
 いつしか、私は目を閉じてしまい――――