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「けど、本当に僕を皇帝にしていいの?」

 ミュラー帝国までは何日もかかる。
 ゆっくりと馬車に揺られながら、僕は向かいに座る配下たちに尋ねた。

「どういうことでしょう?」
「だって、きみら本当は再建派でしょ?」

 ジョナサンたちは、スタイナー帝国を転覆させるべく潜り込んでいた者たちだ。だけど、このまま行けば僕は親帝国の創建派としてミュラーで活動することになる。

 だけど、ジョナサンは笑った。

「構いません。私たちは、クロード皇太子に忠誠を誓ったんです。生涯、この命尽きるまで貴方様に付いていく所存です。血なんて関係ない。私たちを友として扱ってくれ、あんな一途に人を想う……貴方様という一人の人間に惚れ込んでおります」
「ふーん、重いなぁ」

 僕が率直な感想を口にすると、ジョナサンがあからさまにショックを受けた顔をする。
 だけど、僕はその意見を撤回することなく、口角を上げた。

「僕、ミュラーに着いたら魔法や魔女について調べたいんだ。もちろん内政とやらにも出来るだけ取り込むつもりだけど……魔女が死なない方法を、僕は手に入れたい。サナ……姉が母みたいに短命だなんて御免だからね」

 ミュラー皇国には、スタイナー帝国の残っているものよりもっと昔の文献や、また神にまつわる不思議な伝承が数多く伝わっているらしい。きっとサナはこれからも魔女であることをやめないのだろうから。彼女と繋がる理由を、一つでも掴んでやる。

「諦めてなんかやるものか」
「クロード様?」
「いや、なんでもない」

 僕の独り言は誤魔化して、僕は僕の忠臣たちに利用する。

「こんなわがままにも、付き合ってもらえる?」
『はっ、もちろんです!』

 声を揃える彼らに、僕は「ありがとう」と告げて。

 再び、車窓から景色を眺める。遠くに森が見える。あれは、僕らが暮らしていた森だ。生い茂る木々が減っているような気がするのは……大好きな姉が魔法を失敗させてしまったせい。それを含め、大切な思い出がたくさん残っている場所。

 そんな場所に、別れを告げる。

 隣にもう、彼女はいない。彼女は今頃、あの騎士の隣で笑っているのだろう。あの騎士には最後に少しだけ意地悪なことを教えてあげたが、そのくらいの意地悪は許されるだろう。 僕はずるい男なのだ。

「じゃあね」
「クロード様?」
「ん。なんでもない」

 もちろん寂しさはあるけれど……どうやら僕も、ひとりではないらしい。