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「みゃう!」

 重たい瞼を開けると、ギギが私の胸の上に乗っていました。相変わらずフワフワです。モフモフして温かいです。そしてちょっと重たいです。

「どうしましたか? お腹でも空きましたか?」
「みゃあ!」
「待っててくださいね。今ミルクを――」

 起き上がる前に窓の外を見ようとしました。だけど、ここには窓がありませんでした。厳密に言えば――窓は木の板で封鎖されていました。外の様子は全く見えません。だけどお部屋自体はとても豪華です。小さな箪笥も机も絨毯もどれもお高そうで、私の寝ていたベッドもフカフカです。

 そしてベッドの隣には、異国風の高貴な格好をした美少年がいます。

「サナ……?」

 クロです。だけど、少しオドオドした様子。

「クロ……ここはどこですか?」
「うん。スタイナー城の一室だよ。具合はどう? どこか痛い所ない?」
「それは大丈夫ですけど、どうして私がお城で――」
「良かったぁ……もしも、母さんみたいに……」

 大きく息を吐いたクロの青い瞳が、泣きそうに潤んで。
 そんなクロに、私は寝たまま手を伸ばします。そのあたたかい涙をそっと拭いました。

「クロ……大丈夫ですよ。私は生きています。死んだほうが……良かったのかもしれませんが」
「そんなこと言うなよっ!」
 
 急な怒鳴り声に、びっくりです。私は反射的に手を引っ込めます。
 すると、クロは気まずそうに視線を逸して。

「ちょっとごめんね。サナが起きたこと、陛下に伝えて貰わないといけないから」
「あ、はい。どうぞ……」

 クロが、私のことを『サナ』と呼びます。胸がズキリと痛むけど、ギギはいつもどおりポカポカですね。

 私が許可すると、クロはそそくさと扉に向かいました。扉の外には兵士さんがいる様子。クロが少し話すと、足早にどこかへ向かいます。そして、クロはすぐに私のそばに。

「えーと……余計な人が来る前に、確認しておきたいんだけどさ」
「……何でしょう?」

 クロの様子がどこかよそよそしいです。だけど、その原因はすぐにわかりました。

「サナは……広場でのこと、覚えてる?」

 ……そうですよね。あれは夢ではないんですよね?

 私はギギを撫でます。黒毛の長い、ずっと私たちの側にいてくれた家族です。ギギが心細そうに鳴きました。大丈夫ですよ。大丈夫、大丈夫……。

 私が深呼吸すると、クロもギギを撫でていました。

「あの時、近くにいた十三人の人が倒れた。あの日から三日経っているんだけど……幸い、全員目を覚ましたよ」
「そう……ですか……」

 すると、ふとクロの手と触れます。まぁ、一緒にギギを撫でていたのですから、ぶつかりますよね。いつものことのはずなのに……なぜか、私はとっさに手を引っ込めて。

「姉さん」
「ご、ごめんなさい! あの……えーと……」

 何を話せばいいのでしょう?
 クロに告白されて。それに私は答えられなくて。

 あげくに、困惑しすぎた私は大変な騒ぎを――

「みゃあ」

 気が付けば、手が擽ったい。犯人はギギ。手をペロペロと舐めてくれています。
 そんな時、

「失礼する!」

 扉がバンッと開かれました。そこに現れた人物に、私は目を見開きます。

「カミュさま⁉」
「はは、俺もいるんだけどね」

 確かにその後ろにはアルベール=スタイナー陛下もいらっしゃいました。が、先陣を切ってカミュさまがズンズンと歩いてきます。真顔です。いつになく険しい顔で、私に詰め寄ってきます。

「体調は?」
「あの……えーと……」
「あんたが魔女だということも、その力が暴走し、使い魔が納めたことも報告を受けている。だから案ずることはない。なんでも包み隠さず話せ」

 えーと……そう言われると、余計に話しにくかったりするのですが……。

 それでも、カミュさまの言葉に疑問が浮かびました。

「使い魔?」

 リィーリは私以外に見えないはずですし、魔物はひとり一匹だと聞いているのですが……。

 その時、ギギが「みゃあ」と鳴きます。その得意げな顔、まさか!

「まさか、ギギが私を止めてくれたのですか?」
「みゃっ」
「ギギ~!」

 私はギギをギューッと抱きしめました。もう、なんて良い子なのでしょう。これはご褒美をたくさん用意してあげないといけませんね! お魚がいいですか? 美味しいミルクがいいですか? これはクロにも相談してご馳走を――と思ったんですけど、クロの顔はどこか複雑そう。

「クロ、どうかしましたか?」
「いや……姉さんは、やっぱりギギのこと知らないんだなぁって」
「ギギのこと?」

 私が首を傾げると、クロは慌てて手を振ります。

「ごめんごめん。なんでもない。でも本当、ギギはすごく良い子だったんだ。いっぱい褒めてあげて」
「はい、もちろんです!」

 ちょっとクロの様子が気になりますが、今、あまり追求する勇気はありません。

 それを誤魔化すようにギギと頬をすりすりしていると、やたら眉間にしわを寄せたカミュさまと目が合います。

 あう……そうでした、カミュさまとお話の途中でした……。

 困って視線を逸らせば、今度は後ろにいらっしゃる陛下と目が合います。陛下はニコリと笑ってくださいました。

「サナちゃんごめんねー。そいつ、ずーっとサナちゃんのこと心配しててさ。勘弁してやって?」
「そ、それはとても有り難い限りです……」
「そんなことで感謝される筋合いはない。で、どうなんだ?」

 うぅ、私に逃げ場はないようです。
 堪忍して「元気です……」と答えれば、カミュさまはとても大きな嘆息を吐かれました。

「そうか。それなら良かった……」
「御心配おかけしてすみません」
「全くだ」

 そう告げるカミュさまのお顔が途端、いつになく優しくて。
 耐えきれず再び顔を背けると、立ったままの陛下が仰っしゃりました。

「いい雰囲気な所申し訳ないんだけどね……サナちゃんの処分を告げさせていただくよ」

 その言葉に、私は静かに頷きます。
 そうです、陛下はカミュさまに命じてました。私が問題を起こしたら殺せ、と。

「サナちゃんは今後、この部屋だけで生活してもらう。さっきカミュも言ってたけど、君が魔女ということを俺らはハナから承知だからね。こう事件を起こされた以上、君のことはしっかりと管理させてもらうよ」

 いわば軟禁……当然ですね。むしろ寛大すぎる処遇に感謝しかありません。私は魔法の力を暴走させたのです。こんな危ないぽんこつ魔女を死刑や牢屋で監禁しないなんて、我ながら甘い処遇なんじゃないかな、と思います。

「扉の前には兵士を置かせてもらう。食事等も当然メイドに運ばせるし、湯浴みなど最低限の外出には専属の兵士を付けるから、生活に関しては何も心配しなくていい。何か欲しい物や用事があれば、彼らに遠慮なく伝えてくれ」
「はい……ありがとうございます」

 視線を下げる私に、陛下は顔をしかめられました。クロも、カミュさまも、みんな辛そうな顔をしてくださって――そんな顔なさらないで下さい。十分です。私には勿体ないくらいの処遇です――そう言いたいのに、なぜか私は言葉が出ず。

 そんな私の手を、ギギはずっとペロペロと舐め続けてくれていました。