「悪いが、二人とも俺の使用人でな。俺の前で容易く斬れると思うなよ」
「カミュさま!」

 いつの間にか剣を持つカミュさまに思わず声を掛けると、カミュさまが少しだけ振り返ります。

「俺のそばを離れるな」

 そこからは、より一層何が起こっているのかわかりませんでした。

 悲鳴と、血飛沫と。次々と色んな人が襲いかかってきますが、カミュさまはあっという間に迎撃されます。

 正直怖いです。この場所も。そしてカミュさまも。畏怖を覚えるほど。
 だけど、その戦う御姿はとても凛々しく。

 胸がドキドキします。それが恐怖からなのか、恋心ゆえなのか――私にはわかりません。

 その御姿に見惚れていると、

「姉さん⁉」

 と、クロが近くのテーブルを蹴り上げます。次の瞬間にはグサグサと何かが刺さる音。
 すると即座にカミュさまが「レスター!」と声を上げます。

「お任せをっ!」

 ……レスターさんはどこにいたのでしょう? 見渡しても見つけることは出来ませんでしたが、確かにレスターさんの声がしました。テーブルには矢が刺さっているようです。

 私がキョロキョロしていると、背中越しにカミュさまが声を掛けてきます。

「皇太子もなかなかやりますね」
「実は、狩猟以外にも実践の経験がありまして」
「ほう?」
「姉に近づく男たちを、日々追っ払っていたりとか」
「……なかなか逞しい皇太子なことで」
「お褒めに預かり光栄です」

 クロは一体何を言っているのでしょう? 皆目検討も付きませんが、本当になんでも出来る自慢の弟だったのです。

 でもお姉ちゃんは……未だに信じられないのですよ……。

「ねぇ、クロ」
「ん?」

 私が服の端を引っ張ると、小首を傾げるのはいつもの可愛い弟です。

「本当に……クロは皇子様になっちゃったんですか?」
「サナのためなら、僕は今まで通り何だってしてみせるよ――それが今回は、皇子になることだっただけ」

 クロは私に笑いかけてくれますが……私は笑い返すこどが出来ませんでした。

 サナ。そう呼ばれることには違和感しかないのです……。

「神の信徒よ、動きを止めろ――我が名はクロード=アイネ=ミュラー! 神の血族にしてミュラーの民を導くべく天啓を授かる者!」

 凛とした声が会場中に響くと、急にシーンと静まりました。誰もが動きを止めて、クロを見ています。それでもクロは全く怖気づくことなく、背筋を伸ばしていました。

「ミュラーの信徒たちよ! 我らの神は今、争いを求めていない! この神聖なる血の前に、剣を納めよ!」

 いつの間にナイフを持っていたのでしょう。クロは掲げたその腕をナイフで切りました。血がジワジワと滴ります。

 な、なんでですか⁉ 痛いですよ⁉ 痛いですよねぇ⁉

 私が思わずその傷を押さえようとするも、クロの片手に制止されてしまいます。襲っていた人たちが、みんなクロに平伏して……なんだか不気味です。

 それでもクロは表情一つ変えず、カミュさまに尋ねます。

「バルバートン小隊長、スタイナー陛下は?」
「はっ、ご許可が頂ければただちに呼んで参ります」

 カミュさまも剣を納め、片膝をついて答えます。この場で一人立っているクロは、座り込んでしまっている私を見下ろして苦笑しました。

「僕も最近勉強しているんだけど、ミュラー皇国って文化がスタイナー帝国と全然違うから、何かと神だなんだ偉そうに言わなきゃならなくてさ。今のも形式に則っただけ。でも気にしないでね。僕は僕だから」

 それでもカミュさまに向き直るクロはあまりに立派すぎて……まるで別人みたい。

「ではお願い致します。この場の謝罪と――今後について話し合わなければなりません」

 どうしましょう、どうしましょう……私は戸惑いながら、クロが今まで隠していた首の刻印を見つめることしか出来ませんでした。