騎士さまはお怒りでした。

「これはどういうことだ⁉」

 いわゆる俵抱きと呼ばれる格好で運ばれた先はお城でした。

 マントでグルグル巻きの私を抱えたまま、向かい合うのは面接官さまです。真っ赤な長髪が雄々しく、利発な同色の瞳が印象的な美丈夫。このお仕事を紹介していただく際、お世話になりました。

 その面接官さまは私にも気安く声をかけてくださいます。

「やあ、サナちゃん。数時間ぶり。こんな格好ですまないね」

 時間が遅いからか、面接官さまも寝間着を着ています。やたらテカテカしています。このネグリジェといい変わった素材が帝都で流行っているのでしょうか。私は麻のザラザラとした服しか着たことないので、すごく新鮮です。

 だけど私が一番不自然に思うのは、この場所です。
 真紅の絨毯の先に置かれたやたら重厚な椅子。面接官さまはそこにふんぞり返っているのです。

 そんな御方に対して、騎士さまは怒鳴りつけています。

「この娘はどういうことだ! 仕事内容を説明しなかったのか⁉」
「説明したとも。添い寝係。ベッドで待っていなかったか?」
「待ってたさ! 小動物のようにプルプルと震えてな! こういうのは、そういう女を用意するもんじゃないのか?」
「ほう、カミュは経験豊富な女が良かったと?」

 おちょくるように口角をあげる面接官さまに、カミュと呼ばれた騎士さまは苦悶の表情を浮かべました。

「そういう意味じゃない! どちらにしろ追い返すつもりだっだが……無垢な女に任せる仕事ではないだろう」

 そして、カミュさまは怒声をあげます。

「失望したぞ、アルベール=デイル=スタイナー! 我が祖国は女性の尊厳を蔑ろにする国に成り果てていようとはな!」

 面接官ことアルベール……スタイナー? スタイナー帝国の、スタイナー様⁉

「はっはっはっ。国王の俺に対してそこまで言い切ってくれるのは、お前くらいだよ。心の友よ」
「……ふん。貴方が愚行しない限りは、きちんと礼を尽したいですよ。俺も」

 咳払いをして、カミュさまは少し照れくさそうに私のことを見下ろします。

 大丈夫です! このことは他言しません! 
 口が裂けてもあなたの陛下への無礼なんて私は言わないですしそもそも見ていませんし聞いてもいませんとも! 

 という思いを込めてブンブン首を振っていると、カミュさまは私を下ろしてくれます。
 すると、なぜかカミュさまは私に向かって片膝を付きました。

「陛下の非礼、代わりに詫びさせていただきます。どうかこの度のことはなかったことに……謝礼金は早いうちに相応の額を用意しますので……」
「いえ、あの、本当に大丈夫ですので……! それよりもマントありがとうございました。とても暖かかったです」

 私は掛けてくださっていたマントをカミュさまに返します。だけどカミュさまは怪訝な顔をするだけで受け取ってくれません。

 はっ、もしや臭いですか?
 そうですよね、私の体臭で臭いですよね、きちんと洗濯してお返しするのが礼儀ですよね? でも、こんな立派なものを洗濯したことありません。どうやって洗濯したらいいのでしょうか……クロに相談しなくては……。

 立ち上がったカミュさまはどこか視線を逸しながら、マントを無理やり私に羽織らせようとします。やはりお返しするにも洗濯が必須のようです。

 むしろそれだけでは足りないかもしれません。買い替える必要があるのでは?

 どうしましょう……こんな高価な物の代替品を容易するとなると、お金が必要です。この添い寝係以上の仕事はあるのでしょうか?

 などと考えている間にも、私はマントでグルグル巻きにされました。
 そして、王座に座った面接官ことアルベール殿下が声を上げて笑いだします。

「いやぁ、俺の人選は正しかったなぁ。心の友よ!」
「……どういうことですか、陛下」

 カミュさまの言葉はきちんとした敬語ですが、視線に敬意が込められていないのは一目瞭然です。主従の関係に違いはなさそうなのですが、とても親しげな雰囲気は、私の思う王様と騎士とは異なっていますが……だけどそんなこと気にしないとばかりに、陛下は目に浮かんだ涙を拭っておられました。

「まぁ色々幸い好都合だったというだけの話さ」
「会話を自己完結させるのはやめてくれませんか?」
「とにかく、彼女は今日からお前の『添い寝役』に任命する。言葉以上の意味はない。ただお前はその子に寝かしつけてもらえ。ここの所、まともに寝ていないのだろう?」

 それに、騎士さまは「ですが――」と反論しようとしますが、

「命令だ」

 陛下のその一言で、カミュさまは言葉を呑み込み、膝を付きました。

「……ご命令とあらば」

 突如、空気が固くなった気がしました。私はその光景を見ていることしか出来ませんが。マントはとても暖かく、下にネグリジェしか着てないことを忘れてしまいそうです。




 ともあれ、陛下からの命令を受諾したカミュさまは、再び俵抱きで私を屋敷に連れ帰りました。俵抱きもあれですね。慣れたらそれなりにラクチンですね。

「そ、それでは頑張ってカミュさまの添い寝役、勤めさせていただきますっ!」
「あ……あぁ。宜しく頼む」

 頼まれました! 初勤務です!

 すでにカミュさまにはベッドに横になっていただいています。とても大きなふかふかベッドです。二人で寝てもまだ余裕がありそうですよ。

 その下で、黒猫のギギはすでに眠っていました。フワフワの毛玉が膨らんだり凹んだりしています。

「しっ、失礼します……!」

 恐る恐る私もベッドに乗らせていただきます。そしてゆっくりと身体を横たえました。すると、カミュさまは驚かれた様子で上体を起こします。

「あ、あんたも横で寝るのか?」
「え……あの、陛下が『添い寝役』と仰っておりましたので……」

 早くも失敗してしまったようで、私も慌てて飛びあがりました。だけどカミュさまは眉間に手を当て、首を横に振りました。

「いや……あんたが正しい。そういうご命令だった……続けてくれ……」
「あ、は……はい……」

 そして、二人でベッドに横になります。
 添い寝の本質は寝かしつけです。
 ですから、やはり子守歌を歌うのが基本でしょうか。あとトントンしなくては……。

「目を……閉じていただけますか……?」
「わ、わかった……」

 落ち着いていただけなければ、眠ってもらえません。それには、私も落ち着くことが先決です。
 だけど、どうしても胸がドキドキしてしまいます。

 だって天井を向いて目を瞑っているカミュさまの鼻筋がとても綺麗なんです。
 まつげも長くて、だけどあの凛々しい顔つきとは一変、実は目元はたれ目なのでしょうか。そのあどけなさが子供みたいです。昔クロを毎日寝かしつけていた日々を思い出します。

 だけど、今の相手は大の大人です。私よりも一回り以上体格の大きな紳士です。

 どうしましょう……どうしましょう……。お茶が飲みたいです。だけど当然そんな暇はありません。

 覚悟を決めて、カミュさまの胸に手を置こうとした時でした。

 外からチュンチュンとした小鳥の囀りが聞こえます。気が付けばカーテンの隙間から差し込むキラキラとした日差しが眩しいです。ちょうどギギが起きたのか、すぐそばから「みゃあ!」と元気な声が聞こえます。

 それに、カミュさまがゆっくりと目を開きました。

「朝だな……」
「朝ですね……」

 私の初勤務は、これにて終了となりました。