家が燃えてしまいました。

 今日はいい天気だったのです。だけど人里離れているせいか、少し肌寒くて。だから買い出しから帰ってくる十六歳の可愛い弟を、暖かい部屋で迎えたかったのですが――

「姉さん、どうしてこうなったの?」
「暖炉に火を焚べようとしたのですが……」
「そうなんだ。ちなみに魔法なんて使ってないよね? 僕、あれほど『魔法はダメだよ』て言っているもんね?」
「うぅ……」

 だって、マッチで火を付けるのって難しいじゃないですか。だから……でもそれを言ってしまえば、今度は魔法禁止どころか「姉さんは何もしないで」と言われてしまいますからね!

 そうです! 私は世界で数少ない魔女の末裔なのです。

 それは私と義弟のクロの飼い猫ギギ、三人の秘密です。
 だって、魔女だとバレたら戦争に巻き込まれたり大変ですからね。魔女だったお母さんも戦争の後遺症で亡くなってしまいました。魔法は使いすぎると、体内に飼う魔物に自分が食われてしまいます。

 十八年前の戦争で頑張りすぎたお母さんはずっと戦っていたのですが……私が十三歳だった七年前、とうとう亡くなってしまいました。お母さんのおかげで、このスタイナー帝国は大勝利を掴んだんですよ? そのおかげで、スタイナー帝国は何年も平和です。お母さんはすごい魔女だったのです。

 でも魔女だとバレたら、ろくなことにはならない。お母さんの言いつけです。だから私が魔女だとバレないように家族三人、人里離れた森の中に隠れ住んでいたのです。

 しかし……青い空には黒い煙がたなびいてます。家が轟々と燃える光景を眺めていた弟クロが、私の足元に擦り寄るもう一人の家族を確認します。黒い毛並みががふもふな猫ギギが「みゃあ」と鳴きます。

 クロは金髪が眩しい美少年です。長いので首の下で一つに結いています。背も普通の男性と変わらないくらいあるのですが……それを解いたらすごく可愛いんですよ! お人形さん顔負けの美少女です。それを言ったらクロに怒られてしまうので、内緒なんですけどね。しかも掃除も料理もなんでもお手のもの。頭もいいんです。私とは違ってなんでも出来る自慢の弟。

 クロは安堵の息を吐いてから、私に向かってニッコリと微笑みました。

「……とりあえず、姉さんに怪我がないようで良かったよ」

 あぁ、さすが私のクロ。今日も優しいです。可愛いです。大好きです!

 姉さんはクロのためだったら何だってしますからね!

 だから、たとえどんな仕事だって――



 そして私たちは王都へやってきました。戻る家はないけど出稼ぎです!

 私、サナ=ウィスタリアの職場は、とある貴族のお屋敷になりました。住み込みです。

 クロも別のお仕事を有り難く頂戴したみたいです。しかもクロは学校にも通えることになりました。そんな高待遇のお仕事に就けるなんて、さすがです! お姉ちゃんも負けじと頑張らないとですね!

「こちらを着てお待ち下さい」

 案内してくれた侍女さんに渡されたのはピンクのひらひらした布。

 きめ細かなレースの向こう側が見えます。あまりの薄さに思わず破いてしまいそうです。確かにお母さんのお古では、貴族の家で働くのに相応しくないのかもしれません。

 ですが、私の仕事は『坊ちゃんを寝かしつけること』と聞いているのですが?

 だけど侍女さんはそれを渡すとすぐに、どこかへ行ってしまいました。
 代わりに、一緒に入室を許された黒猫ギギに尋ねます。

「これ、どうやって着るのでしょう?」
「みゃあ」
「ネグリジェっていうんでしたっけ?」
「みゃあ」

 この服……何か色々な所がスースーします。

 うーん、もしかしてこの飴色の冴えないボサボサの髪もどうにかしなければならないのでしょうか? でもクルクルと長くて、どうしたものかと。クロが長いほうが好きというから、クロの許可なく切れないんですよね。お化粧もしたことないですし、肌もボロボロな私ですから。完全に服に負けてます。まぁ、子供相手なんだから見た目なんて大した問題にならないのでしょうが。

 うーん……どうしましょう、落ち着きません。
 私はギギを抱きしめました。フワフワな毛並みが暖かいです。

 昔から子供を寝かしつけることなら得意でした。だってクロが小さい頃は、毎日私が添い寝していたのですから。『サナちゃんの子守唄で寝ない子はいないわね~』なんて、たまに交流していた近所の田舎町ではもっぱらの噂だったんですよ。

 その経験上、こんな衣装の必要性はなく……しかもベッドの上で待てとは?

 正直、嫌な予感しかしません。それでも、私は逃げるわけにはいきません。

「ギギ、お姉ちゃんの勇姿見ていてくださいね!」
「みゃあふっ」

 クロのためなのです。
 私の可愛すぎる弟のためなのです!

 だからどんな仕事であろうとも、私は――

 もう夜がだいぶ更けました。その時、扉がガチャッと開かれます。

 現れたのは、長身の格好いい方でした。

 ピシッと真ん中分けにしていあるのに灰色の毛先が跳ねているのが可愛らしい印象です。ですが鋭い眼光に睨まれて、私は震えることしか出来ません。とても怖いです。

 軽鎧とマントといった服装的に、騎士さまなのでしょう。
 その御方が聞いてきます。

「あんたが例の『添い寝役』か?」 

 えーと、添い寝役……まぁ寝かしつけるのですから、間違いではないですよね。
 私がコクリと頷くと、騎士さまはクツクツと笑いました。

「まさか、本当にいるとはな」

 わわわわわ、どうしましょう⁉ カツカツと近づいてきます。

 私は幼い『坊っちゃん』の寝かし付けをするのではなかったんですか?
 大の大人が相手なんて聞いていませんっ!

 私がギュッと目を閉じると、その御方は私の顎をクイッと指先で持ち上げてきました。

「そんなに俺に抱かれたいのか?」

 ち、近いです。でも恐る恐る目を開くと、騎士さまの菫色の瞳がすごく綺麗で。だけど見惚れるのも一瞬。射竦めるような視線が怖くて、私は即座に視線を逸しました。

 すると、騎士さまは深いため息を吐きます。

「冗談にもならんだろ」

 私はフワッと何かに包まれました。気が付けば宙に浮いています。
 騎士さまが「行くぞ」と告げるやいなや、私は樽のように担がれて、どこかへ運ばれてしまいました。

 そんな私を、黒猫のギギは「みゃあ」と見送ってくれます。

 ギギ……ちょっと薄情すぎませんか?