獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが！

　しかし、出来過ぎた一連の流れは全て、周到な用意のもとで決行された俺への罠だ。
　視察に際し、隙なく配置していたはずの護衛。その彼らに俺たちの到着直前に、配置変更が言い渡された。軍幹部や政府高官など警護担当の責任者複数の連名で下されたそれに、当の本人たちは「指示していない」と当惑しきりでいる。
　アンジュバーン王国の外交官が負った軽傷にも、襲撃を命じた者の明確な意図を感じる。手練れの刺客が、丸腰に近い文官の命を取るのは容易だ。しかし襲撃者は、外交官の腕にほんのかすり傷を負わせただけで剣を引いていた。
　俺を追い落としたいが、必要以上にアンジュバーン王国民の心情を逆なでしたくない思惑が自ずと透けて見えた。
　さらに、この一件を理由にしていきなり俺の廃位を望む抗議集会に発展している状況も異常だった。十中八九、この機に乗じて、国民感情を煽ろうと画策する者がいるのだ。
　これらから浮かび上がる人物……。
　そんな者は、俺の知る限りひとりしかいない。
　――コンコン。
　その時、束の間の物思いを割るように政務室の扉が叩かれた。