獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!

 皇太后様の怒気に気圧され、ヒュッと喉が鳴る。そのまま息を詰めていたら、彼女が頭から手を引いてゆっくりと私を見据えた。
「ここまで話したからには、アンジュバーン王国行きを了承してくれるのよね?」
 皇太后様は先ほどの激しい怒りを収めていたけれど、その目はどこか危うい光を帯びているように感じた。
「待ってください! 私は――」
「お前はなにを勘違いしているの? 最初に『お願いを聞いてくれたら、手荒なことはしない』と言ったのを聞いていなかった? 私はお前の意見など聞いていない。むろん、なにを『待つ』つもりもない。お願いが聞けないのなら、お前は即刻海の藻屑よ」
 私の言葉をピシャリと遮り、皇太后様は無慈悲に告げる。
 ……ここは大人しく従って少しでも時間を稼ごう。
 私は現状の最善を確認し、厳しい表情で睨めつける皇太后様に向き直って震える唇を開いた。
「わ、分かりました。アンジュバーン王国に行きます」
「物分かりがよくってなによりだわ。では、さっそくガブリエル陛下にあてて親書を認めなくてはね」