獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが！

「馬車の揺れは心地いいもので、心身が疲れた時などは眠りを誘われることもしばしばです。ヴィヴィアン様も遠慮なさらず。到着したらお知らせいたします」
　……違う。この眠気は、馬車の揺れに誘われるなんて、生易しいものじゃない。作為的なものだ……！
「ち、が……」
　ところが、すっかり力の抜けてしまった唇は、「違う」の一語を声に結ぶこともできなかった。
「ヴィヴィアン様、よい夢を」
　狭まり、霞みがかった視界に映る男性の笑みが、とても薄ら寒く感じた。
　男性の微笑を網膜上に刻んだのを最後に、完全に瞼が下りてしまう。ついに私は抗いきれず、眠りの波に呑み込まれた。


　目覚めてまず、ズキズキと響く痛みに眉をひそめた。
「……っ、ん」
　なんとか半身を起こし、ゆっくりと目線を上げる。その時、前方の窓越しに見えた空に、既に太陽はなかった。空の主役はいつの間にか、満天の星々へと変わっていた。
　さらに薄く開いた窓の隙間からは、微かに潮の匂いがした。
　……ここは、どこだ？