「ありがとうございます」と伝えた声は少し震えてしまったけど、彼は黙って受け止めて、やがていつものように目を閉じた。
沈黙が続く車内もまったく苦じゃない。ラヴィスの姿ではない彼の前で、初めて穏やかで落ち着いた気持ちになった。
「市場に行けば、また鉢合わせるかもしれない。用があるときは俺を呼べ」
「いえ、今日楽しめただけで充分です。わざわざ付き添っていただくのは申し訳ありませんよ」
「欲のないお前のわがままはタカが知れている。気を使わずになんでも言うといい」
相変わらず言い方はクールだが、やはり今までとは違う。
彼と私の間には名前のつけられる感情はないはずだが、初めて会った頃よりずっとお互いを理解している。
どの臣下よりも、彼の心の側に近寄れた気がした。
この人は、本気で妻を探すつもりはないのかな。いくら利用価値があってカモフラージュしているとはいえ、いずれは正式な妃を迎えるはずだ。
そのとき、本物の寵愛を受けるのは私じゃない。
馬車に揺られて帰路に着く中、なぜか心がツキリと痛んだ。



