翡翠の森


「ああ。必ず」


ハナの視線を感じて辿ってみると、自分の掌に行き着いた。


「よく堪えたねえ」


くっきりと残る爪痕には、まだ血が滲んでいる。
そうでもしないと、自分を抑えられなかったのだ。
ジェイダに暴言を浴びせる人間に、怒鳴り散らし、掴みかかってしまいそうだったから。


「ん……なんとかね。後先考えないお姫様を追うので必死だったし。毒気抜かれたっていうか」


『無事でよかった』


ジェイダはそう言ったのだ。
髪を乱して。
柔らかな頬に傷をこさえて。
子供一人助けたというのに責められながら、『無事』とも『よかった』とも。


「ロイ坊っちゃんにはお似合いだよ。鼻持ちならないどっかのお姫様より、ああいう普通のお嬢さんが」

「はは。“普通”ね」


まぁ、率直に言えば、絶世の美人とはいかないが。


(でも、可愛い。僕しか分からなきゃいいのに……とか思ってたら、すごい身近にいたけど)


ジェイダには怒られるかもしれないが、ハナが普通だと言ってくれたのが嬉しかった。


(そう、普通のことだろ。ほんのすぐそこの国の女の子を、好きになることなんて)


「それにね。ちょっとくらい、後先考えないくらいがいい。あんたは、後のことを考えすぎるんだ。そのくせ、自分の存在は消そうとする。本気で口説くなら、そんなことでどうすんのさ」


容赦なく突いてくるハナに、今度こそ大声で笑う。
身分など関係なしに、いつもズケズケと、だが的確に注意してくれる。


「……心を開いてもらうにはね。まずは、自分から胸の奥を見せることだよ。坊っちゃんは昔から器用だけど、それだけがとても下手だ」


驚いて、笑うのをやめて凝視すると、ハナが悲しげに微笑んでいる。


「せっかく、それができる子に出逢ったんなら、離そうなんて考えちゃ駄目だ。王子様は何でも手に入っても、ロイ坊っちゃん自身が何かを望んだことなんて……もう久しく見てないんだもの」


(僕個人の我儘なんて、もう決まってるよな)


「早くジェイダを独り占めしたい、かな」

「……愛で済むくらいにしておきなよ」


呆れ顔のハナに肩を竦める。


「はいはい、ハナお母さん。……おやすみ」

「また寄っておくれ。お嬢さんと一緒に」


また二人揃って、元気な姿を見せる。
そして、報告するのだ。


(本当に、お嫁さんだってね)