通りかかったタクシーに真由ちゃんとふたりで乗り込む。
窓ごしに一瞬見えた、健吾の複雑な表情が
あっという間に景色から消えていった――。
車内は重苦しいほどに静かだ。
さすがの真由ちゃんもいつものようにはおしゃべりできない様子だった。
しびれたように痛む右手。
寒いわけではないのに、指先が冷え切ってかすかに震える。
沈黙に包まれていると、少しだけ冷静さが戻ってきた。
その分、さっきの自分の行動がますます信じられなくなった。
どうしてあんなことをしてしまったんだろう。
あの場で健吾を殴る権利が、あたしにあるはずないのに。
だけど……
あのときあたしの心を占めていたのは、なぜか“裏切られた”という気持ち、
失望にも似た怒りだった。
バカだな、あたし。
裏切るも何も、初めからあたしと健吾の間には、特別なものなんかないくせに。



