健吾は感情を捨てたような淡々とした声で話す。
あたしは健吾の胸に抱かれたまま、その声に耳をかたむけた。
「でも俺が中2の頃から、親父の会社が軌道に乗り始めた。
俺は陸上やってたから忙しくて、親父が家にいないことも気にしてなかったんだ。
入部んときに親父に買ってもらったスパイクで、毎日バカみてぇに走ってた」
「それってもしかして、あの和室に置いてた靴?」
「見たのか?」
「うん」
見たよ……あんなにボロボロになっても、大切そうに置いてるんだもん。
健吾はふぅっと息をはいて、話を続ける。
「うちの中がおかしくなっているのに気づいたのは、高校入ってからだった。
新しい家建てて引っ越したけど、親父はほとんど帰って来ねぇ。
まあ、仕事だから仕方ないって俺は思ってたけどな。
いい歳して寂しいとか思うわけねぇし」



