思いがけないことを聞かれ、一瞬、答えに詰まる。
だけどすぐ首を横に振った。
帰りたくなんかない。
ひとりぼっちの部屋、いい子を演じて息苦しかった、あの家になんか。
「俺もそうだ。帰りたくない」
「え?」
あたしは目線を上げた。
「俺は、あいつらとはもう関係ない」
あまりの声の冷たさに、ズキン、と胸が痛む。
「どうして……?」
“あいつら”と呼んだのは、きっと両親のこと。
健吾が自分から家のことを話してくれるのは、これが初めてだった。
「親父の会社、けっこうでかいんだけど、昔からそうだったわけじゃねぇんだ。
俺がガキの頃はけっこう経営が危ない時期もあったみてぇだし。
だからそのころは、家族3人で2DKのボロ家に住んでた。
お前も知ってる、あのマンションな」



