できることなら健吾と顔を合わさないようにしようと思っていた。

だけど3時間目の音楽室に移動する途中の廊下で、あっけなくその企みは破れた。


「莉子ちゃん、先輩だよ!」
 

健吾の姿を遠くから見つけた真由ちゃんが、あたしの手を握ってはしゃぐ。
 

あたしたちが歩いていく廊下の先に、健吾はいた。

いつものようにたくさんの仲間に囲まれて

いつものように大声で笑って。
 

全てがいつも通りで、何も変わっていないのに

あたしと健吾の世界だけがこんなにも変わってしまったんだ。


「話しかけないの?」
 

不思議そうに聞く真由ちゃんに、無言でうなずくあたし。
 

目を合わせないよう、でも視界の端で常に健吾を意識しながら歩く。

健吾の顔はこちらを向く気配すらない。
 

すれ違う瞬間

あの香水の匂いが鼻をかすめた。


「え……、なんで? 莉子ちゃん?」
 

明らかに様子のおかしいあたしたちに、真由ちゃんは目を白黒させる。
 

健吾たちの笑い声が遠ざかる廊下で、あたしは立ち止まり、ぐっと涙をこらえた。