帰る気分になんて
ならなかった。

あたしはエントランスの隅で体を小さく丸めて座り、健吾が戻ってきてくれるのを待った。
 


天井の方で、小さな虫の飛ぶ音がする。

たまに電球に当たって、バチッと弾ける音も。
 

それ以外は本当に静かだった。

気が遠くなるほどに静かで、誰もいない世界にひとり置き去りにされた気がした。
 


涙の乾いた頬が、むずがゆい。

さっき打った背中がじんじんと痛い。


だけどそんなことはどうでもいい。


健吾が戻ってきてくれるか、くれないか。

それ以外のことなんて、どうでもいい。
 


そのとき、うつむいたあたしの視界に男の人の靴が映った。


寂れた薄暗いエントランスに、声が響く。


「……帰ろう」