「莉子ちゃん? どうしたの?」
「ううん。何でもない」
「早く教室入ろ」
「うん……」
心がカラカラと乾いた音をたてる。
自分でもよくわからない寂しさを胸にしまいこんで、あたしは一年D組の教室に入った。
香水のかおりは、いつの間にか消えていた。
あの日あたしを温めてくれた、一枚のジャケット。
返せなくてずっと大事にクローゼットにしまっていたそれを、丁寧にたたみ、紙袋に入れる。
決めたんだ。
今日、3年生の教室まで返しに行こうって。
「莉子ー、早くごはん食べなさい」
廊下から聞こえてきた声にあたしは立ち上がった。
台所に行き、食パンの入ったトースターのふたを開けた。
「昨日の入学式どうだった?」
お化粧をすませたお母さんが、コーヒーを飲みながら尋ねてくる。



