身代わりでも傍にいたかった


夏海と目を合わす事も無く会話する事も無く大学生活を終えた。

本当は聞きたかった、
「俺は翔の代わりだったのか?」と・・

矛盾しているが,連絡があるかもと思い肌身離さず持ち歩いていた
スマホも就業中はバイブにして気にする事も無くなり、
気が付けば傘が似合う梅雨の季節になっていた。

日々が忙しく翔とも会えないでいた頃、
会社の同期10人で呑みに行いく事になり、
先に始めていたメンバーに合流する。

空いている席に何となく座ると隣は面接のときに同じグループだった
少し大人しい雰囲気の近藤千歌だった。

腰を下ろした瞬間に飲み物のメニューをすっとテーブルに置いてくれた。

その仕草が余りにも自然で自分の中の何かが動いたような気がした。

彼女の隣は心地よく、楽しかった。
話の中心に居るわけでは無いのにキチンと話を聴いていて自分の意見も口にしていたし、
さりげない気遣いで食事も会話も皆が参加していた。

多分俺は凄く心地良かったようで鼻歌が漏れていた。

「あ、その曲 私も好きです」

「え、この曲知っているの?」

「勿論、大好きなバンドの初期の曲だから・・」

「俺もこのバンド好きなんだよね。でも、去年急に売れちゃって・・
ライブのチケットが取れなくなった。」

「そうそう、私も2年、このバンドのライブに行ってない。
去年は流石に就活でライブどころじゃなくて・・・気が付けばブレイクして・・」

「複雑『複雑』・・」同じ言葉が被り思わずお互い笑っていた。

「この間、CD購入したらライブのBlu-rayが付録でついていて、それで我慢しています。」

「俺、音楽は配信サービスだから・・」

「今度、森君に貸そうか?」

「いいの?」

「勿論、良いよ。むしろファンが同期に居てくれて凄く嬉しいよ。」

同期には男子にも近藤がいてそれぞれ下の名前で呼ばれているから

「千歌ちゃん、連絡先交換しない?」・・つい口にしていた。

「OK」と彼女も気軽に応じてくれて。

メッセージの遣り取りがごくたまぁに始まった。

主に好きなバンドの内容ばかりだった。

CMでタイアップ曲が流れたけれど観たか、いついつTVに出るみたいだとか・・

そんなある土曜日、やはりそのバンドの事でメッセージの遣り取りを始め

気が付けば一時間もしていた。

ただ、単純に一時間も付き合わせてしまったおもいから

「ごめん、休日の忙しい時に俺の相手を一時間もさせて」と入れたら

「大丈夫、全然予定無いから」と返信がき
「じゃあ、今から一緒に昼飯食べない?」と気が付けば誘っていた。

自分でもどうして誘ったのか・・

「いいよ」という返信に心が久しぶりにワクワクした。

待ち合わせた駅で先に来ていた彼女が俺を見つけた時の笑顔にドキンと胸が鳴った。

お昼ご飯を一緒に食べ少し二人でブラブラ歩いていると小さな公園があり、
彼女と何となくそこに入る。
何故か隣にいる彼女から緊張が伝わってきた・・・

「森君、付き合っている人いるの?」

「いや・・居ない」

「私、多分森君に惹かれている。でも今なら未だ同期のポジションに戻れる・・・」

真っ赤になりながら話す彼女が言わんとしている事が解った。

「千歌ちゃんは居るの?」

「私も誰とも付き合っていない」その言葉に安堵して嬉しかった。

「千歌ちゃん、俺も君と話していると楽しい。付き合ってくれますか」

「私が言おうと思っていたのに・・」

「うん。でも、俺から言いたかった」

「はい。お願いします」と律義に答えてくれた彼女。

「ゆっくりのペースで築いていこう」と口にしながら彼女を見ると

「緊張した」と涙ぐんでいた。

あの日、ドアの音を聞いたとき、一人ぼっちで帰る新幹線の中で味わった焦燥感、胸の痛み。

きっと彼女に会うために必要な事だったのだと今なら思える。