…そうだ。

現時点でここには、なずなのような陰陽師や神童だの術者の類は一人もいない。

ここにいるのは、カウンターにいる咲哉さん、奥の部屋にいるオーナー、美奈人、赤ちゃん…みんな、ただの一般人。



目の前の黒い翼の彼の笑みが、俺を視界に捉えて離さない。

それは、無言で何かを俺に警告しているようで。



…もし、ここで下手に騒いでしまうと。

関係のない人たちも巻き込んでしまうのではないか?



今までの彼との出来事を振り返る。

生き霊を操って自分を襲わせた件、北桜学園の件。

そして、記憶に新しいのが、オガサワラリゾートの件。

関係ない一般人を巻き込むのは、彼の十八番といっても過言ではない。



…ひょっとして、俺の軽率な行動ひとつで。

何の関係もない人たちの身の安全が…!



「伶士くん?」

「…あ、そうです。ち、ちょっと近くまで来てるっていうから…あ、向こうの席借りてもいいですか?」



…そう瞬時に悟ると、彼の下手な芝居に付き合うしかなかった。