『今日も一緒に帰ってもいい?』

 あの日と同じ状況だった。

 昇降口に向かうと、先に靴を履き替えていた少女が少年を待っていた。遠慮がちに訊ねてきた少女に、少年は少し照れ隠ししながらも、こう答えた。

『別に、いいけど』

 外は晴れていた。あの日は雨が降っていたのに。

 そんなことを思いながら、お互いに少しだけ距離を開けて下校する。

 中学へ進学してからは、クラスが違うせいもあってか、会話は数えるほどしかしていない。

 何を話したらいいのか。
 
 ここは夢の中だ。自由に好きなことを話せばいい。そう思い立った少年は、何気なく少女に問う。

『好きなやつ出来た?』

『……え?』

 少年にとっては、ほんの些細なことだった。少女に訊ねたのは、会話の糸口のようなものだった。

 けれど、みるみる内に、少女の表情には陰りが出来ていく。

『──っ、ごめんね。やっぱり独りで帰るね』

『ちょっ、待っ──』

 少女は少年の言葉を最後まで聞くことはないままに、走り去ってしまった。

 取り残された少年の頭上に冷たい雫が落ち始めてきた。空を見上げると、いつの間にか、雨雲が現れ、景色は灰色に変わっていた。

 やがて、本格的に降りだした雨に打たれながらも、少年は少女を追うために走り出した。

 けれど、また間に合わなかった。

 ぼくはまた、きみを救えなかった。