「ならなんなんだよ、さっきの歌は!」
「はぁ!? あれはね、カノンが教えてくれた海へ捧ぐ歌だよ!」
「海へだぁ?」

 ……確かにそう説明した。
「きみ」とは誰のことかと怖い顔で訊かれたので、それは「海」のことだと。無論、「海」とは「グリスノート」の比喩だったが、彼女はそれで納得してくれたのだ。

 アヴェイラはその場に尻餅をついたまま大きく胸を反らした。

「そうさ! このあたしを受け入れてくれたこの海へ捧ぐ歌さ! どうだいあたしの歌。銀のセイレーン直伝の歌だよ! あんたこそあたしに惚れんじゃないよ。よ~っほほほほ!」
「あぁ。凄ぇ綺麗だった」
「へ……」

 アヴェイラが胸を張った姿勢のまま再び固まる。
 先ほどの歌を思い出しているのかグリスノートはどこか恍惚とした表情で続けた。

「やっぱり歌はすげぇ。……だから、もっと聴きたくなった」

(それって……!)

 再びふたりの視線が交わって、こちらまでドキドキした。

「だからよ、アヴェイラ。戻ってこいよ、イディルに」
「……」
「皆、お前のこと心配してんだよ。リディもエスノおばちゃんも、オルタードの奴も。――俺も」

 言いながらグリスノートはゆっくりと立ち上がり、アヴェイラに手を伸ばした。

「だから、戻ってこい。アヴェイラ」

 目の前に差し出された手をアヴェイラはじっと見つめる。
 皆が固唾をのんで見守る中、しかし彼女はなかなか動かない。

(アヴェイラ! 素直になるなら今だよ!)

 そう心の中で祈るように叫ぶ。――でも。