城の地下にある牢の一室。そこに先ほどエレヴォスに化けていた天界の者が鎖に繋がれていた。
自害しない様に口にはくつわがつけられていた。
初めて入る地下牢に少し怯えつつ、センジュはフォルノスの後ろで黙って見守った。
フォルノスの部下が状況を説明した。

「先ほど自白剤を投与しました。1分もすれば口を割るでしょう」

「わかった。くつわを外せ」

薬が効いているのか、男はぐったりとしている。
フォルノスは男の前に立った。

「お前は大天使の使いか」

「ぅ・・そう・・だ」

男は俯いたまま、朦朧と答えた。

「何故センジュを狙った」

「・・ウリエル・・様が・・ご所望で・・」

「何故ウリエルがセンジュの事を知っている」

「人間界で・・見て・・いた」


ドキンドキンドキン・・
センジュは緊張で心臓が飛びでそうだった。


_私は天使にずっと前から見つかっていたって事?パパの娘だって事を知っていて!?



「ウリエル様は・・ご存じだった・・その娘が生まれた時から」

「・・なんだと」


_生まれた時から!!?


フォルノスの眼が更に鋭さを増した。
魔王から四大魔将にすらセンジュの事は最近まで伏せられていたのだ。
それを天使が先に知っていたとは、どういう事なのか謎が深まる。


「ウリエルは何を企んでいる?」

「知らない・・連れて来いと・・命令・・された」


フォルノスは静かに1人、勘ぐる。


_17年前のベリオルロス様と天使共の争いの時から見張っていたという事か?あの方の娘だと知りつつも黙認していた?何故だ?普通なら幼いうちに手を下しそうなものだが・・。


ゾワッ!!!
フォルノスの背後からとてつもない殺気を感じた。


「何やってるの?ここで」


ドクッ
フォルノス達が振り返ると、魔王が背後にいつの間にか立っていた。
恐怖で心臓が凍りつきそうだ。センジュにもわかるほどの殺気を帯びている。


「パパ・・」

「仕事から帰ってきてさ、センジュにおやすみのチューしようと思ったら部屋にいないから探したんだよ」

「あ・・ごめん・・なさい」


魔王の前にフォルノスと部下達はすぐにひれ伏した。


「で?どういう状況なのこれは」


明らかに魔王は機嫌が悪い。声のトーンがとても低いのだ。ビリビリと威圧感が体に振動する。
問いにはすぐにフォルノスが答えた。


「は、この者は天界の者で、エレヴォスに化けて侵入しました。姫君を攫おうとしたところを捕らえました」

「へえ、なるほど」

ジュウゥゥゥッ!!!

「ぎゃあああっ!!!」

牢に断末魔が響き渡った。
一瞬のうちに魔王の手によって天界の男は灰となった。


「パ・・パッ」


カクンっ・・
あまりの恐ろしさに足が抜けそうになったセンジュを魔王は抱きとめた。


「私の大切なセンジュを攫おうとしたなんて、罪深すぎだよね」

「・・御意」

フォルノス達は地面を見つめながら頷いた。


_この方のやり方はセンジュには刺激が強いかもしれんな。俺も人の事は言えんが、実の父親が初めて人を殺めたのを見て今後どう思うか・・。


そんな事を考えていたフォルノスは自分に違和感を覚えた。
他人の感情など一切興味のなかった自分が人の心配を初めてしたのだった。

「・・・」

センジュの表情が気になり、ゆっくりと顔を上げる。
思った通りセンジュの顔は青ざめ明らかに恐怖で引いている顔だ。

「パパ・・」

「もう大丈夫だよセンジュ。パパがいるからね」

「っ・・・」

抱きしめられた瞬間に体が勝手に強張った。

_パパはやっぱり冷酷で非道なんだ。これが本当のパパ・・。私の・・父親なんだ。


魔王という肩書をセンジュはここでようやくはっきりと理解した。
自分が絶対的な存在だと強調させられたのだ。


「で、さっきの男は何故センジュを攫おうとしたのかな?」

「はい。大天使ウリエルの命だと」

「ウリエル・・か。なるほど」


父が頷いたのを見てセンジュは自ら尋ねた。何か知っている様な素振りだったからだ。


「パパ、何故かわかる?」

「単純にセンジュがパパの娘だからじゃないかな?」

「え・・?」

「パパは天界人の宿敵だ。奴らはパパを倒して魔界を滅ぼそうとしているからね」

「センジュを利用しようとしているんだね、きっと」

「・・そっか・・」


センジュは頷いた。納得した様に見せかけたが腑に落ちなかった。


_本当にそれだけ?それだけの為に危険な魔界へあの男の人は一人で来たの?


「さっきの人、ウリエルは人間界で私を見ていたって言ってた。生まれた時から」

「なるほど17年間もセンジュをパパの子だと知りつつも泳がせていたのは何故か気になるね。そしてわざわざ魔界にまで侵入してきて」

「うん・・私もそこが引っかかる」

「わかった。パパも調べてみるからセンジュは気にしないでいいよ」

「・・え?でも」

「センジュには魔界で平和に過ごして欲しい。決して危ない目にはあっちゃいけないからね。これからも気を付けて」

「は、はい」


優しい声の裏には怒りも混じっている。決して自分から危険に飛び込むなと言いたいのだ。
魔王はセンジュの頭を撫でるとフォルノスに命じる。


「フォルノス、明日四大魔将を呼んで会議をしよう」

「御意」

「天界がざわついているのかもしれないね。人間界から監視していたセンジュが消えた。ここに居る事もバレているし・・油断すれば利用されるだろう」

「はい」

「何としても・・天使には屈してはならない」


その言葉にフォルノスと部下達はもう一度深く頭を下げた。
魔族と天使の戦争。
センジュの頭に浮かんだのは恐ろしい争いだった。