街ではごろつき達が争っていた。
センジュを敬っていたガルシアとその仲間達と、
酒瓶や刃物を手に構える薄汚れた男達が対峙していた。


「てめえ、どこに金を隠しやがった!あれは半年分の全員の食事を用意するやつなんだぞ!?」

「てめえこそ、どうやって王女に取り入ったんだ!そうやって自分だけがここから抜け出そうって根端だろうが」

「違うって何回も言ってんだろうがよ!!」


斧を振り回す者。酒の瓶を投げる者。
子供たちは廃墟に隠れて怯えている。
もちろん聞きつけた街の兵士達がそれを止めにかかっていたが、すでに負傷させられていた。

「くっ、やめないか!全員牢にぶち込まれたいのか!?」

「るせえんだよ!勝ち組は引っ込んでろ!」

「ぐあっ!」


逆上したごろつき達が兵士達を傷つける。


「や、こんなのやだ!!止めてーーー!!お願いだから!!ねえ!!」


衝撃を受けたセンジュは空から叫んだ。
しかしそれは街の住民たちの怒号によってかき消され届かなかった。


「そんな・・」

「埒があかない。降りるぞ」

「う、うん・・」


命の危険を感じ、センジュは恐怖で固まっていた。
フォルノスを掴んでいる手がぶるぶると震えている。


_あそこへ降りた瞬間に刃物が飛んでくるかもしれない。死んじゃうかもしれない・・。


「覚悟を決めろ。早くしないと余計な死人が増える」


_そうだ死んじゃう!!昨日幸せだった人が私のせいで死ぬ!そんなの嫌だ!


「行く!行ってフォルノス!!」

「・・ああ」


フォルノスはセンジュの瞳が変わった事を確認した。
まっすぐ見据えた真剣な瞳になった事が分かると手綱を引いた。
天馬は緩やかに旋回しながら降りてゆく。

「愚かどもが」

その際にフォルノスは右手に力を込め、氷柱を作り対峙している者達の間に打った。

バキン!!

と街に響く音が聞こえ、その場にいたごろつき達は争いを止めた。


「み、みんな止めて!止めてください!!」

「あ!あんたは!!」

先日話をしたガルシアがセンジュを見つけた。
センジュは馬からすぐに降りるとその人に近づいた。

「一体どうしたんですか!?」

「それが・・」

残念そうに俯くガルシアの代わりに、向かい側で敵対していた男が言った。
酔っ払っているのか顔を赤らめ、目がすわっている。

「あんたか、魔王の娘ってのは!」

「そ、そうです・・センジュと言います」

「は、お前さんこの街のもんに金渡して、いい様に使おうって根端だろ」

「え!?違いますよ!」

「違わねえよお!ふざけんなよ!この街のルールも知らねえんだろ!?勝手にされちゃ困るんだよ!」

「え・・」


_ルール!?そんなのあるの!?でもガルシアさんは、凄く喜んでくれてたのに?住人達を養えるって・・。


「それになぁ中途半端が良くねえんだよ!助けるなら全員一遍じゃねえと、不満が出るの当たり前だろうが!」


その言葉にはガルシアが対抗した。


「だから、姫様はあの時は持ち合わせが無かったって言ってたんだ!これからちょっとずつ支援してくれる算段だって言ってんだろ!」

「ハハハ!馬鹿だな~。そんなの鵜呑みにしてよお。ある訳ねえんだよそんなの。俺達ゴミに、なんのメリットがあるんだよ?ぜーんぶ酒に消えるんだぜ!?」


根まで腐った発想の男らしい。馬鹿にして大笑いをしている。


「だから、そういう気持ちを入れ替える為に王女は!」

「はあん!?お前、今更変われると思ってるのかよぉ!ぎゃははっ!お姫様がお綺麗すぎて頭おかしくなっちまったか!俺達はずっとこうだよ!死ぬまで何も変わらない!ゴミのまま死ぬんだ!」

「・・てんめぇ・・」


ガルシアは手にしていた棒切れに力を込めたが、センジュはそれを止めた。


「駄目です」

「で、でもよぉ・・悔しいじゃねえか!それとも何か?アイツの言ってる事は正しいのかよ!」


ドキン

ガルシアの訴える目にセンジュは一歩引きそうになった。
しかし、ぐっと唇を噛み締めた。


「ううん、あなたが正しい。変わりたい、やり直したいって思う気持ちが正しいです」

「・・姫さん」


フォルノスは黙ってセンジュを見つめていた。
どうでるかを試している。
センジュは一歩前に出た。


「何?なんか偉そうな事言う気かい?」


悪びれる様子もなく、酒に酔っ払いながら挑発してくる。
王女に対して恐れもしない。恐らく死をも恐れていないほど自暴自棄になっている。


「それとも俺にもいい夢を見せてくれるのかよぉ?ふひゃひゃ」

「すみませんでした」


センジュはその場にいた全員に頭を下げた。
フォルノスの眉がピクリと一瞬吊り上がった。その下手に出る態度が気に食わない様子だ。


「私、まだまだ何もわかっていなかった。ただ、目の前にいる人の嬉しそうな顔に満足してしまったんです・・こんなに辛い人が沢山いるなんて考えもつかなった」

「ハハそうだろうな、ここは魔界のゴミ捨て場だからな!俺たちも捨てられ忘れられたゴミだ!」

「そんな・・ここはゴミ捨て場じゃないです!暮らす人がちゃんと生活出来る場所にしたい」


そう言った瞬間に周りにいた魔族達は馬鹿にするように笑った。
考えが甘いと思われているのだろう。


「何にも知らずにお城でぬくぬくと育ってきたからそう言えるんだろうなあ~これだからお嬢様は」

「・・・」

「それになぁ、俺は変わりたくないって言ってんの。この生活がいいってな。毎日酒に飲んだくれて、金が無くなったら人のもんを盗んで。他人の不幸を喜んでいたいんだよ」

「・・どうして」

「どうしてって、楽しいからだよ!ハハハ。みーんなそうだぜ?なんも考えずに楽して暮らしたいんだ」

「それで満足なんですか?!もっと自分を大切にしたいって思わないんですか?」

「クハハ・・めんどくせえんだわ。そういうの」

「!」

男は死んだ様な目をしながら舌をべろりと出した。

「っ・・・」

センジュは必死に自分の感情を殺そうとした。今にも歪んでぐちゃぐちゃになりそうだった。
噛み締めた唇から血が滲んだ。
それを見た男た楽しそうに大笑いしている。

「あひゃひゃっ!俺はそういう顔が一番好きなんだよ。俺の事腐ってるって思ったろ?そんで見下したろ?だったら素質あるよ!あんたもここに住んだらわかってくるよ?どう?」


何も言い返せなくなってしまった。
言葉が出なくなった。あまりにも考えが合わない。
理解が出来ない。
悔しそうにしているセンジュに、ガルシアも諦めた様にため息をついた。


「すまねえ・・辛い思いをさせて・・でも、こういうヤツらもいるんだよ。ここで暮らしてたら何もかも諦めちまって、どんどん腐ってくんだ」


センジュの俯いた先に男の腕が見えた。血が滲んでいる。争いの中で負った傷だ。


「ごめんなさい・・私のせいで、ケガを」

「いやいや、全然ちげーわ。俺もクズの1人だから攻撃してくる奴には同じ事をするんだ。あんたと違って」

「違わない・・私も・・酷いです。理解が足りなかった」


_こんなに状況が酷いなんてこの前来た時は気がつかなかった。どうしたらいいの?


さっきから体の震えが止まらない。怒りと悲しみで動けない。
落胆したセンジュの元へフォルノスは急ぎ早に向かった。足音に怒りを感じる。


「フォル・・」


パンッ
街に平手打ちの音が響いた。

「あ、あんた・・何てことを」

王女に手を上げるフォルノスに、近くにいたガルシアは焦っている。
フォルノスは相変わらずの無表情でセンジュを見下ろした。
じんわりと頬が痛みを帯びる。

「フォルノス・・」

「お前はここに泣きに来たのか?」

「・・違う」

「何しに来た」

「皆を・・助けに来た」

「なら早くしろ。時間の無駄だ」


センジュは頬を抑えながら地面を見つめた。


_少し、わかった気がする。
フォルノスは私を、ちゃんと見てくれてる。
信じようとしてくれてる。しっかりしなきゃ。


見上げると、自分をジッと見つめるフォルノスの姿があった。
センジュは小さく頷くと、もう一度目の前で酒を飲む男を見つめた。


「なんだなんだ?そんなに泣きはらして、ククク・・いいねーハハハ」

「あなたの言った事、わかりました。変わりたくない者はそれでいいです。私は、変わりたいと思う人を人を大切にします」

「は?なんだそりゃあ!?俺達ゴミは切り捨てかい!?この街全部を救ってくれるってのは嘘だったのかい?どうしようもねえ嘘つきだなあ!!期待させといて酷えなぁ!!」

「それは心から謝ります。この街の住民と大きく括ってしまった事、申し訳ありませんでした。・・ですので私はこの魔界で、父の力になってくれる人を今後守ります」

「は・・?」


魔王の名前を出された途端にその場にいた全員が凍り付いた。
どれほど脅威だというのかセンジュには計り知れないが効果てき面だった。


「先日、父にこの街の事を伝えました。もう一度チャンスが欲しい人がいる。懸命に尽くしたいと願っている人がいると。諦めず力を貸してくれる人と私は一緒に頑張りたい。だから生活の手助けがしたいんです」

住民たちの表情が一気に変わった。
喜びではなく、青ざめている様子だ。

「もし、父にこの事で暴動が起こってるなんて伝えたら、この街が・・大切な命が消えてしまうかもしれない。そんなの私は嫌です」

「ひぃ・・」

「勘弁してくれよ、まだ死にたくねえよ」

遠くから嘆きが聞こえる。


「だから、変わりたいと思う方だけ私に力を貸してください。この街を支援する為に策を一緒に考えま_」

「そうやって人を丸め込んで何に使う気だあ!!?」


ビクッ
センジュの体が跳ねあがるほど大きな怒号が轟いた。


「俺達を利用しようってんだろ、おい!?天使共をおびき寄せる囮にでもする気か!?一番過酷な駒にしようってんだろ!?」


目の前にいた男の目は更に据わった。
今にもセンジュに手をあげそうだ。


「ち、違いますってば!」

「違わねえんだよ!なんだよ変える変えるって、言い方変えて捨て駒みたいに放り投げるだけだろ!根端が見え見えだって言ってんだごらあっ」

「ちが・・」

「ピーピーガキがうるせえんだよ!!黙れ!!求めてねぇんだよ!!俺達は何もしたくねえし何も変わりたくもねえ!てめえらの良いように使われてたまるかってんだ!!クソがぁあああ死ねええ!!」


ブンッ!!!

男は勢いよく手に持っていた斧をセンジュ目掛けて投げつけた。


_駄目!


ドシャッ!!

恐怖で目を閉じたと同時に鈍い音が耳に入ってきた。


「あぁ・・なんて事だ・・あんた・・手が」


恐怖で上ずるガルシアの声が聞こえ、センジュはゆっくりと目を開けた。


「ぁ・・フォル・・」

「目を閉じていろ。見慣れてなければ気絶する」


センジュの目に飛び込んできたのは、フォルノスの手の平に斧が収まっていた光景と、センジュに襲いかかった男が氷柱の串刺しで息絶えていた光景だった。


「あ・・あ・・ごめ・・フォルノス」

「違う。そこはありがとうだ」


斧の切っ先はしっかりとフォルノスの手の平にはまり、鮮血がドクドクと腕に流れている。
近くにいたガルシアが助けを呼んだ。

「誰か、清潔な布を!すぐに手当てを!!」

「フォルノス様!」


すぐに兵士が駆け付け、持っていた包帯で手を巻く。

「それほど深くない。騒ぐな」

「は、はい!」


怯えるセンジュの肩を抱き、フォルノスは住民達に告げた。


「この姫は、お前達を救いたい一心だった。ただ、それだけだ。それを否定するのならば、俺がそいつみたいに永眠させてやる。全ては魔界の為。いうなれば、そこに住むお前らの為でもある。よく考えて行動しろ。今後四大魔将はこの姫の為に動く。力を貸す者にはそれ相応の報酬もくれてやる。いいな?この姫は魔王様の次に尊い存在だという事を忘れるな」

「フォルノス・・」

「これだけ言って理解出来ない者は・・・いないよな?」


ギロリ。
銀の瞳が鋭く光ると、住民達は全員その場にひれ伏した。
ほとんど恐怖でだろうが。
しかし思いは伝わったのだとセンジュはほっと息をついた。
フォルノスの声は自分なんかよりも圧倒的に人を動かす事が出来ると心強く感じた。

「ありがとう・・フォルノス」

「帰るぞ」

「・・うん」


帰ろうと翻したところで遠くから声が聞こえた。

「姫様ーー!」

「ひめさまぁ!また来てください!」

「今度はもっと楽しい場所に案内しますから!待ってますからーー!!」

「皆・・」


遠くで怯えていた子供たちも出てきてジャンプしている。
手を振ってくれている。
それだけで嬉しくてまた涙が溢れてきた。


「まだ泣くな。泣くのは帰ってからだ」

「・・ん」


フォルノスに連れられてセンジュは城へと戻った。
漆黒の天馬に乗って。